神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2016年01月

前橋厄除大師蓮花院 御札(群馬県前橋市下増田町)5

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 前橋厄除大師蓮花院に参拝してきました。真言宗智山派に属するお寺になります。

 以前の参拝日記→こちら

 群馬県前橋市の東部、伊勢崎市に近いところに寺院がありました。
 少し北には北関東自動車道、南にはJR両毛線が走っています。

 最寄り駅は、JR両毛線「駒形駅」になります。
 駅から徒歩で寺院まで30分位はかかりそうです。

 駐車場は、門前と寺院裏にありました。
 自動車は、合わせて100台以上は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(上毛新聞社刊『ぐんまのお寺 真言宗機戮茲螳貮抜粋)。
「(前略)
 『寺院明細帳』によれば、栃木県の出流山千手院満願寺の末とある。真言宗であり、新義真言宗智山派と追記されている。
 由緒沿革記によれば、天分二年(1533)勢多郡荒砥村大室の住人玉泉坊の開基という。その後、十世の間は各宗の僧侶が相続し、宮城村鼻毛石の赤城寺を本寺としたという。享保四年(1719)下野出身の第十一世宥尊上人が、下野出流山千手院住職宥盛に従って求法を継ぎ、今宮山蓮花院増田寺と称した。
(中略)
 元禄三年(1690)十二世舜賀上人の代に堂を改築したが、宝暦年間(1751〜1764)に類焼にあい、本堂を残して、土蔵、鐘楼、山門などを焼失した。ほんどうは今に伝わる。舜賀上人を中興開山としている。この舜賀上人は大黒天を自ら刻んでいる。
 明治二十五年(1892)5月、本堂改築の際に知事の許可を得て、武州大師河原平間密寺、川崎大師の第一分身、甲子大黒天を安置した。これについて『明細帳』には明治二十一年三月九日に厄除弘法大師 武蔵国江原村平間寺分体安置で出願、五月十四日許可とある。表門前の石碑には明治二十年(1887)十二月二十五日仮安置とも刻まれている。今本堂に本尊として安置されているのは厄除弘法大師像である。表門をくぐった楼上にも弘法大師の像が立つ。
(中略)
 本尊の聖観音菩薩は天文二年(1533)京都の仏師鈴木民部の作という。この仏像は開山の玉泉上人が依頼して作らせたものという。また、浩玄が造った観音菩薩もある。これは明応七年(1498)の作という。
 正月の厄除け祈願には大変な参詣者がある。
(後略)」


 前橋市といっても市街地からかなり外れていますので、周辺は田園地帯となり長閑です。

 こちらの寺院は「蓮花院」という寺院名ですが、「前橋厄除大師」の通称で知られています。
 周辺の道路には、お寺の看板が出ています。自動車で行かれる方は、目印にしてください。

 こちらが山門になります。
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 直接は入ることはできません。参拝者用入り口より入ります。

 境内はとても狭い位です。
 その中にところ狭しと仏像が祀られています。

地蔵菩薩立像
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平和観音
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ぴんころ地蔵
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薬師如来
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仏堂
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 境内の印象はなんとも独特な雰囲気で、まるで仏像博覧会のなんとも不思議な感じを醸し出しています(・ω・)
 1月23日に参拝しましたが、雪が完全に解けていないので、滑るのが怖かったです。

 本堂になります。
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 本尊である「聖観音菩薩」が祀られています。この観音様は、関東八十八ヶ所・新上州三十三観音霊場・ぼけ封じ関東三十三観音霊場の札所本尊になります。
 他にも川崎大師平間寺よりの勧請である「厄除弘法大師」も祀られています。

 境内中央には鐘楼堂がありました。

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 お正月は、祈祷祈願を行う方々で混みあうようです。今の時期以降は、毎週日曜日午前10時より護摩祈祷が行われておりますので、ご希望の方はお寺までお申し込みください。
 私が参拝したときも祈祷祈願の申し込みをされている方々がいらっしゃいました。

 こちらの寺院の副住職さんは、テレビ朝日「ぶっちゃけ寺」に出演されている尼さんです。
 その方のブログは→こちら
 授与所に入るといらっしゃるかなぁと思い、入ってみると女性職員の方一人だけでした(._.) 残念です。

 授与所で祈祷済みの諸願成就の御札を一体頂きました。1,000円でした。
 他にも各種御守り(800円)や各種御札(1,000円)がありました。

 御朱印はあります。
 
 汎用納経帳(1,500円、11cm×16cm)、ぼけ封じ関東三十三観音霊場専用納経帳(1,000円)、関東八十八ヶ所専用納経帳がありました。

 ちなみに裏手にある駐車場には、石像七福神像がありました。 
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 ずいぶんでかい七福神です。(´人`)

 裏門(裏参道)になります。
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ε=ε=┏(・_・)┛





寺院名:今宮山 増田寺 蓮花院
所在地:群馬県前橋市下増田町1626番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:聖観世音菩薩 弘法大師
通 称:前橋厄除大師
札所等:関東八十八ヶ所 五番札所
    上州三十三観音霊場 十三番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 十八番札所
御詠歌:誓願も めぐみもあらたか 観世音 上州の里に 四方も照らさん
    赤城山 大師の御手に 導かれ 長寿福寿を 願うこの寺

桐生天満宮 御守り(群馬県桐生市天神町)5

 群馬県桐生市に鎮座する「桐生天満宮」に参拝してきました。

 桐生市の中心部から少し北に行ったところに神社は鎮座していました。
 桐生市の中心部を南北に走る「本町通り」を来たに行くと鳥居が見えてきます。

 最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」、もしくは上毛電気鉄道「西桐生駅」になります。徒歩では数十分位はかかりそうです。
 東武桐生線「新桐生駅」からだと徒歩ではかなりかかります。

 駐車場は鳥居の左を入り、参道右側に停められます。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「桐生市天神町の旧県社。祭神は天穂日命・菅原道真。例祭は4月25日、10月25日。式年大祭には各町から出す動力で操る人形踊りがある。
 景行天皇の御代、上毛野君御諸別(かみつけぬのきみみもろわけの)王が当地の国造となり土師部に命じて磯部の岡に天穂日命を祀らせたという。国内神名帳に従四位磯部明神とある。
 桐生氏の藤原国綱が現在地に遷し、桐生家に縁ある北野天満宮を勧請・合祀し桐生天満宮と称した。
 桐生領内五四か村の鎮守となる。」

 また、東京堂出版刊「神社辞典」によると次の通りです。
「群馬県桐生市天神町。旧県社。天穂日命・菅原道真を祀る。
 観応年間に桐生家の崇敬によって、北野から同社に道真を配祀した。
 歴代徳川家の祈願所となる。」


 参拝したのは今年の1月25日になり、天満宮・天神社系の菅原道真公を祀る神社にとっては「初天神」の日になります。

 一の鳥居になります。
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 本町通を北に進むと、この鳥居が目にはいってきます。かなり大きいです。

 一の鳥居を入り、参道を進むと二の鳥居がありました。
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 「茅の輪」がありました。さっそくくぐらせて頂きました。「除災招福」だそうです。

 参道を進むと正面には「神門」がありました。
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 神門の左側には「撫で牛」がいらっしゃいました。
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 やはり天満宮だけあります。さっそく撫で撫で

 神門をくぐり、正面には社殿がありました。
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 祭神である天穂日命・菅原道真公・祓戸四柱が祀られています。
 こちらの社殿は「権現造」という建て方になり、とても立派でした。

 午後に参拝したので、参拝者はちらほらいらっしゃいました。午前中は、どうだったのでしょうか?

 通常は御守り・御神札・御朱印は参道途中の「宮司宅」にて頂けますが、参拝した日は、社殿手前の左側にある「授与所」は開いていました。
 思うところあり「心願成就」の御守りを頂きました。初穂料750円になります。

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 その他に開運招福・厄除・交通安全・安産等の各種御守り(初穂料:750円)や各種御神札(初穂料:800円〜)がありました。

 厄除、方位除、合格祈願、商売繁昌、開運招福、家内安全等の祈祷祈願は、受け付けているようです。
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 ご希望の方は神社までお問い合わせください。

 御朱印はあります。




神社名:桐生天満宮
鎮座地:群馬県桐生市天神町一丁目2‐1
祭 神:天穂日命 菅原道真 祓戸四柱
社格等:旧県社

世良田東照宮 御守り(群馬県太田市世良田町)5

 群馬県太田市世良田町に鎮座する「世良田東照宮」に参拝してきました。
 参拝したのは平成28年1月17日になり、徳川家康公の月命日になります。

 参拝した日は境内にある梅の木に数輪の梅が咲いていました。
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 やはり、2月中旬以降ならば見頃かもしれません。
残念です(>_<)
 その後、雪が降ってしまったので、どうなっているのでしょうな?

 参拝者はちらほらいらっしゃり、御朱印や授与品を頂く方々がいらっしゃりました。
 境内の右側(北)にある「授与所」で私は御守りを一体頂きました。
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 社殿に施されている「巣篭りの鷹」が描かれていて、「家内安全」・「開運招福」の御守りになります。良いことがあると良いなぁ。
 初穂料は、1,000円になります。

 境内社の「開運稲荷社」・「日枝社」にも参拝しました。両社とも授与品(御神札・御守り)はあります。





神社データ
神社名:世良田東照宮
鎮座地:群馬県太田市世良田町3119‐1
祭 神:東照大権現
配 神:菅原道真公 倉稲魂命 須佐之男命 伊弉冉命 火産霊命 大穴牟遅命 誉田別命 建御名方神 豊城入彦神
社格等:旧郷社

成田山 高崎分院 光徳寺(群馬県高崎市成田町)5

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 群馬県高崎市の中心部にあり、成田山新勝寺の高崎分院になる寺院になります。真言宗智山派に属しています。
 
 最寄り駅は、JR両毛線・高崎線・八高線「高崎駅」になります。

 駐車場は、境内にありました。


上毛新聞社刊「ぐんまのお寺 真言宗供廚茲螳貮抜粋。
「(前略)
 成田山光徳寺・竜宝堂の本山は、千葉県の成田山新勝寺で、新勝寺は成田不動尊と呼ばれ、939年僧寛朝が平将門の乱のときに、高雄の神護寺に祈願し、乱後一宇を建てたもので、元禄年間(1688〜1704)照範が中興し本堂を建て、多くの信者を得るようになったという。
 また、明治初年、中山道高崎宿本町の境屋旅館の館主後藤安五郎は、成田山新勝寺のあつい信者で、烏川〜利根川を舟で半月もかけて参詣を続けていた。
 明治十年(1877)、高崎藩が廃され城跡が陸軍用地となるに及んで、城中西南隅の大河内輝貞の祈願所、威徳寺を買いうけ、当地へ移転し、明治四十年(1907)6月、北甘楽郡一ノ宮町田島村の天台宗施無畏寺へ合併されるまで、千葉県の成田山新勝寺の末寺であった。合併後現在まで、威徳寺の内陣は光徳寺本堂東に建てられており、市指定の重要文化財となっている。
 同四十五年(1912)埼玉県児玉郡児玉町より現在の光徳寺を現在地へ移転したという(名目のみとか)。時の住職松本宥海。移転当時、周囲は皆水田、本町二丁目から参道を開削したといわれている。
 『上野国寺院明細帳』によれば、光徳寺の由緒は
 
 天正十一年(1583)北条ノ臣、八幡城主横地左近将監吉晴ノ建立。開山定栄法印、光徳寺ト号ス。天明三年(1783)類焼ニ罹リ、古書類焼失。同四年担徒ノ寄附ヲ以テ再建ス。
 明治四十五年(1911)2月20日、埼玉県児玉郡児玉町児玉ヨリ移転ス

とあり、さらに『昭和六年(1931)7月、多野郡美里町本動堂新義真言宗智山派医王寺(現存せず)持ノ阿弥陀堂移転合併、境内附属仏堂トセリ』とある。
 阿弥陀堂は、本堂西側に現存するが、移転当時高崎駅近くの大工町から(聖徳)太子堂も移転合併され、大工職の人々からあつく信仰されており、(聖徳)太子堂の名前で親しまれている。
(中略)
 本堂内の本尊は、大日如来・不動明王ならびに矜羯羅童子・制咤迦童子である。
 当寺の檀徒は七戸、信者1,276人と『明細帳』には記載されているが、現在は檀徒らしき者はなく、その時々に参詣に訪れる不特定多数の信者のみで、テレビの普及によってか減少傾向である。
 元来、智山派の寺は祈願所で檀家はなく、葬式もおこなっておらず墓地もない。
 したがって寺の運営財源は、初詣・節分・春秋の大祭・毎月28日の縁日などの参詣者のお賽銭・護摩札などの売上げ、駐車場賃貸料なとの収入によるという。
(後略)」


 高崎市の中心部、周辺は住宅や会社がある場所に高崎成田山はあります。

 入り口になります。
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 山門はありません。

 手水舎になります。
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 参道を進みます。
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 境内はとても静かでした。

 本堂は2階にあり、階段を登っていきます。
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 1階は、寺務所兼庫裡になります。

 本堂に向かって左には「太子堂」がありました。
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 聖徳太子が祀られており、恐らくは建築業関係の方々に信仰があると思われます。

 御朱印は、1階の庫裡で頂けます。
 御朱印代は300円(納経帳)、500円(納経軸)になります。
 御御影は頂けました。

 庫裡には授与品がありますので、いただきたい方はどうぞ。





寺院名:成田山 高崎分院 光徳寺
所在地:群馬県高崎市成田町23番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:大日如来 不動三尊
通 称:高崎成田山
札所等:北関東三十六不動尊霊場 五番札所
御詠歌:光徳寺 うごかずの尊 とこしえに くにの平和と じゆう護らん

瑠璃光山光榮寺 初薬師護摩祈祷(群馬県みどり市大間々町)5

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 群馬県みどり市大間々町にあり、真言宗智山派に属しているお寺になります。
 東京の愛宕真福寺の末寺だそうです。

 国道122号線の近くにお寺はありました。
 近くには「大間々神明宮」が鎮座していました。

 最寄り駅は、わたらせ渓谷鉄道「大間々駅」になります。徒歩では約10分位かかりそうです。
 東武伊勢崎線・上毛電気鉄道「赤城駅」からでも歩いて行けそうです。

 駐車場は、122号線から入ると右側にあります。自動車は、数十台は停められそうです。

以前の参拝日記→こちらこちら


 こちらのお寺の由緒は、次の通りです。
「光栄寺は京都の東山にある智積院を総本山とする真言宗智山派に属している寺院になります。
 正式には瑠璃光山醫王院光榮寺と称し、薬師如来を祀り、慶長八年(1603)にこの地に良瑜上人と大間々六人衆によって創建されました。
開山良瑜上人が携えてきたご本尊の薬師如来様は柿の木で造られている為、別名柿薬師の寺といわれております。
 毎年十一月の第一日曜日には柿薬師大祭が行われ、御本尊薬師如来の功徳にあずかろうと多くの善男善女で賑わいます。渋柿が太陽の光を浴びると、渋みが取れ、甘柿になることから、人間を柿に見立てて御本尊の光
を浴びることで、知らず知らずに犯してい悪(アク)を取り除き、きれいな心と身体になって、来る寒い冬を乗り超えるという信仰で三百年程続いているお祭りです。近年には人形供養も行っています。また1月8日には厄除け大護摩供法要を行っています。厄除、家内安全、方位除、交通安全、商売繁盛などの祈願を行っており、近在の方々がその年の無事を祈ってお参りをされます。(後略)」


 毎年1月8日は、初薬師の護摩祈祷が行われ、参詣者で賑わいます。他の日は護摩祈祷は行われません。
 御祈祷料は、2,500円にになります。授与品は、祈祷札と御供物になります。
 時間は、6時・8時・10時・12時・14時に本堂内で護摩を修します。
 事前に御祈祷の予約が出来ましたので、お願いをしました。願意は「開運招福」になります。
 境内では仮設の授与所ができ、御守り(500円)が頂けます。1月8日以外は、檀徒会館(寺務所)が授与所になります。

 国道122号線の入り口になります。
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 参道になります。
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 右側が駐車場になります。数十台は停められそうです。
 また、護摩祈祷の日なので、鯛焼きと焼きまんじゅうを売る露店が出てました。

 山門になります。
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 仁王像が配されているので、仁王門といっても良いかもしれません。

 境内と本堂になります。
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 本堂内には秘仏「薬師如来(通称:柿薬師)」の他、上州三十三観音霊場の札所本尊「聖観音」、閻魔大王、賓頭盧尊者(通称:おびんするさま)等が祀られています。

 弘法大師とくるま観音になります。
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 鐘楼堂・手水舎・六地蔵になります。
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 こちらのお寺は、「関東八十八ヶ所」・「上州三十三観音霊場」の札所になっており、御朱印が頂けます。但し、1月8日は護摩祈祷がお忙しいようなので無理かもしれません。
 私は頂きませんでした。




寺院名:瑠璃光山 医王院 光榮寺
所在地:群馬県みどり市大間々町大間々1056番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:薬師如来
通 称:柿薬師
札所等:関東八十八ヶ所 八番札所
    上州三十三観音霊場 一番札所
    関東九十一薬師霊場 四十九番札所
御詠歌:かきやくし せいなるひかり あびながら いのりのこえを みみにふれつつ(関東八十八ヶ所)
    山の名の るりを土なる かの国の らみちはこがねの さかひとぞきく(上州三十三観音霊場)
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