神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2015年12月

東叡山寛永寺 上野大仏パゴダ(東京都台東区上野公園)5

image

 東京都台東区の上野恩賜公園内にありました。

 最寄り駅、JR山手線・東京メトロ銀座線「上野駅」になります。

 駐車場はありませんので、公共交通機関で行かれた方が良いです。


 こちらの寺院の由緒は次の通りです。
「寛永八年(1631)に初建された上野の大仏様は度々罹災しましたが、その都度復興されています。
 しかし関東大震災によりお首が落ち、第二次大戦時には軍の供出令により胴体を徴用されて、お顔のみが残されました。
大仏殿の跡地にはパゴダ(仏塔)が建立され、本尊として旧薬師堂本尊の薬師三尊像が祀られています。
”大仏を 埋めて白し 花の雲”   
子規」

 東叡山寛永寺管轄のお堂になります。

 上野公園の少し高いところにありました。
image

 この案内板が目印になります。石段を上がっていきます。

 「パゴダ」は、仏塔を意味します。
image

 薬師三尊(薬師如来・日光菩薩・月光菩薩)を本尊としています。
image

 「パゴダ薬師堂」と言うのですね。

 そのそばには、上野大仏がおわしました。
image

(´人`)

 境内に授与所があり、御守りや御札等が頂けます。

 御朱印は、清水観音堂で頂けます。御朱印代は、300円です。



寺院名:東叡山寛永寺 上野大仏パゴダ
所在地:東京都台東区上野公園
本 尊:薬師如来 釈迦如来

乙女不動尊 泉龍寺(栃木県小山市乙女)5

image
 
 栃木県小山市にあり真言宗豊山派に属するお寺になります。

 最寄り駅は、JR宇都宮線「間々田駅」になります。西口を出て、徒歩では十数分位かと思われます。

 駐車場は、入り口前にありました。自動車は、5台位は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです。
「乙女不動尊再建記念碑
 正徳四年(1714)泉龍寺中興の祖、淳元大和尚により不動堂は建立され近郷近在に多くの信仰を集めておりました。
 大聖不動明王(伝説によれば、日光中善寺湖中より発見されたと伝えられ、又は正慶二年(1333)の作か、南北朝時代北朝の年号)をおまつりしておりました由緒ある不動堂は平成七年(1995)八月十日落雷による火災にあいました。
 幸いにも住職により御本尊不動明王は無事搬出され、建物の貴重な文化的遺産である彫刻及び柱等は消失を免れることができました。
 再建に当たっては建設委員会を結成し、泉龍寺総代、世話人が当たり、町内会の協力を得ました。
 建築費の財源については、火災保険金及び壇信徒の浄財を勧募して充当致しました。
 建築は檀家の山中建築が請負、宮大工の生井建設と共同で施工され近郷にない立派な不動堂を再建することが出来ました」


 お寺まで狭い道をいきますので、自動車で行かれる方は気を付けてください。

 入り口になります。
image

鐘楼門になります。
image

参道を進むと「不動池」がありました。
image

image

水行場になります。

 そばには「水掛け乙女不動尊」がいらっしゃいました。
image

「北関東三十六不動尊霊場第十三番札所
 通称水掛け乙女不動尊
 御水行場不動池に本尊秘宝大聖不動明王の御分身像を遷座し、旧跡文化の発祥地不動塚の岩清水の霊泉にて、水掛け不動尊のご身体を清めれば、家内安全・厄除災難・無病息災・ボケ防止一切の病苦を除去して招福を授かる功徳の霊験さり。
 只だ一心に念誦じ来れ必らず無明暗黒の中より大光明を発揮して心願成就す」

 先に進むと、不動堂がありました。
image

 「乙女不動尊」が祀られています。こちらの不動明王は、北関東三十六不動尊霊場の札所本尊になります。

 不動堂を左に行くと本堂がありました。
image

 本尊は、大日如来になります。

 御朱印は庫裡にて頂けました。私は北関東三十六不動尊霊場の納経軸に頂いたため御朱印代は500円でした。納経帳(汎用納経帳)は300円です。




寺院名:御瀧山 明王院 泉龍寺
所在地:栃木県小山市乙女一丁目25‐8
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:大日如来
札所等:北関東三十六不動尊霊場 十三番札所
御詠歌:水掛けて 祈りの水を ふらしつつ 病苦の民を 救う不動尊

柳井堂心城院 江戸札所(東京都文京区湯島)5

image

 東京都文京区湯島に寺院はありました。
 隣は、湯島天満宮(通称:湯島天神)になり、男坂を降りて少し行くと左側になります。

 最寄り駅は、東京メトロ千代田線「湯島駅」になります。
 降りて、徒歩ではお寺まで5〜6分くらいかかりそうです。

 駐車場は見当たりませんでした。
 自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場をご利用ください。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(天台宗東京教区HPより)。
「当山はもと湯島天神別当の天台宗喜見院・宝珠弁財天堂と称されておりました。湯島天神は『学問の神様』菅原道真公を祭神としていますが、道真公が太宰府へ左遷されたとき、その冤罪をそそぐため聖天さま(大聖歓喜天・大聖歓喜自在天)に祈念され、その信仰が篤かったために『天満大自在天神』とも言われました。
 ときに江戸の元禄七(1694)年、喜見院第三世宥海大僧都が、道真公と因縁浅からざる聖天さまを堂内に奉安したのが当山の開基で、尊像は比叡山から勧請した慈覚大師作と伝えられています。開基以来、『湯島の聖天さま』として知られ、熱心な信者の参詣があり、紀伊国屋文左衛門も当山に帰依した一人でした。
 享保のころ、寺門維持のため幕府から『富くじ』が発行されました。谷中感応寺(天王寺)、目黒瀧泉寺(目黒不動)、喜見院(湯島天神)が『江戸の三富』と言われ、大いに賑わいました。
 当時の喜見院は相当の境域がありましたが、明治維新の神仏分離令で惜しくも廃寺となりました。当然喜見院弁天堂も影響を受けるところでしたが、聖天さまの御加護により湯島天神との本末関係を断つのみで、その難を逃れました。単独の寺院として歩み出した当山は、建立当時の因縁により天台宗に属し、寺名を『心城院』と改めました。
 当山は、江戸の大火や関東大震災、東京大空襲にも遭うことなく法灯を伝えてきましたが、約三百年の風雪に耐えた堂宇は老朽化しら近年に改修され寺観を一新しました。
 当山には江戸名水の一つ『柳の井戸』があることから『柳井堂』と称され、これについて江戸時代の文献(江戸砂子・御府内備考など)に次のようにあります。

柳の井 男坂下
『この井は名水にして女の髪を洗えば如何ように結ばれた髪も、はらはらほぐれ、垢落ちる。気晴れて、風新柳の髪をけづると云う心にて、柳の井と名付けたり』

とあり、美髪・厄除のご利益を求め日々参拝者が訪れています。また関東大震災の折、湯島天神境内に避難した多数の罹災者の生命を守った唯一の水であった為、当時の東京市長から感謝状を受けました。
 また境内の放生池については、同じく江戸時代の文献(御府内備考・江戸志など)に、

宝珠弁財天 男坂下
『江戸砂子にいう、此所の池は長井実盛(後に斉藤別当実盛になる)庭前の池と伝ふ。昔は余程の池なりしを近世其の形のみ少しばかり残りたり』

とあり、元禄の昔から病気平癒などの祈願で縁起の良い亀を放し、今も『亀の子寺』として親しまれております。作家・久保田万太郎は、天神下の一画が好きで、わざわざ鎌倉から当山の近所に引越して来ました。当山に一寸立寄っては『おみくじ』を引たり亀を見たりして一句、『きさらぎや亀の子寺の畳替』と詠みました。
 聖天さまの他に、十一面観音・宝珠弁財天・出世大黒天などの諸仏天を奉安する当山は、江戸三十三観音第七番札所に選定されており、三百年の昔から信仰の篤い参詣者が絶えません。」


 山門はありませんでした。
image

 境内は狭いくらいです。
 境内に入ると、すぐ左側には水琴窟があります。
image

 右側には「弁財天放生池」があります。
image

 また、授与所の前には「柳の井戸」かありました。
image

 こちらが本堂になります。
image

 本尊の歓喜天、十一面観音(江戸札所の札所本尊)等が祀られています。

 扁額になります。
image

 浴油祈祷は行っているようです。ご希望の方は、お寺までお問い合わせください。

 また、「星まつり祈祷」も行われているそうです。
image

 必要な方はお寺までお申し込みください。1,200円だそうです。

 御朱印は、昭和新撰江戸三十三観音霊場のものを頂きました。御朱印代は300円です。
 由緒書きはありました。

 御守りやお札といった授与品はありました。
image


必要な方はどうぞ。





寺院名:柳井堂 心城院
所在地:東京都文京区湯島三丁目32‐4
宗 派:天台宗
本 尊:大聖歓喜天
札所等:昭和新撰江戸三十三観音霊場 七番札所
札所本尊:十一面観音
通 称:湯島聖天
御詠歌:柳井の 水清くして白梅の 香りかぐわし 湯島のみほとけ

妙宣山 徳大寺(東京都台東区上野四丁目)5

image

 東京都台東区のアメ横の途中にある妙宣山徳大寺に参拝してきました。
 「上野広小路」の交差点からすぐ近いところにありました。

 最寄り駅は、JR山手線「御徒町駅」、東京メトロ銀座線「上野広小路駅」になります。
 徒歩では、さほどかかりません。

 駐車場は見当たりませんでした。
 自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場を利用してください。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(東京堂出版『古寺名刹大辞典』による)。
「東京都台東区上野4‐6‐2。妙宣山と号し、上野の摩利支天として知られている。日蓮宗。
 国電山手線御徒町駅構内より二階建ての本堂を眺めることができる。当寺はアメ屋横丁の商店街が立ち並ぶ真ん中にあり、いかにも庶民の信仰に支えられた寺の風情がある。
 開山は慈光院日遣で、十七世紀前半のことと推定される。
 本尊の開運大摩利支天尊は厄除・商売繁昌・開運に霊験ありとされており古くから遠近の信者を集めている。江戸時代には正月の三ヶ日はを将軍家の賀と定め、一般信者は四日から許されたほどであった。
 摩利支天の原語は陽炎・威光を意味し、つねに太陽に即していることから仏法守護の神の顕現であるとされた。日蓮も『摩利支天法華経を持ちて一切衆生を助け給ふ』という。
 摩利支天尊像は伝聖徳太子作とされ、京都本法寺の、日達が関東下向の際に将来したものである。
 毎月亥の日を縁日とし、正月・五月・九月・十一月の大祭には黄金になぞられた黄色の飯に厄除の黒豆を添えて信者に配る。これは徳大寺開創以来の行事であり、これを食べると厄除のみならず、無病息災・家運隆昇の功徳があるという。
 本尊十界互具の曼荼羅は日親の筆。
 また都内では数少ない祈祷寺院でもある。」


 アメ横にある有名なお寺ですが、前を素通りされる方々ばかりで…
 そばには、「ニキニキニキニキ 二木の菓子〜♪」で有名な二木の菓子があります。こぶ平改め正蔵を思い出してしまいました。

 入り口になります。
image

 境内は、とても狭かったです。
 その中に日蓮上人像や地蔵菩薩、七面大明神のお堂がありました。

日蓮上人像
image

七面大明神
image

地蔵菩薩像
image

 本堂には「威光殿」と書かれた扁額が掲げられています。「威光」は摩利支天の原語の意味であるそうです。
image

 戦後、内閣総理大臣を務めた「吉田茂」の揮毫による額だそうです。力強い字です。

本堂です。
image

 堂内に入り、お参りできます。

 摩利支天の御御影、御札、お守り等の授与品はいろいろありました。
image

image

image

 必要な方はどうぞ頂いてください。

 御朱印は、本堂内の授与所で頂けました。
 通常は「摩利支天」の御朱印になりますが、以前頂いたので今回は「御首題」の御朱印を頂きました。御朱印帳には他の宗派も混じってしまっていますのでてっきり「妙法」と墨書きをされるのかと思いきや、「髭題目」のものでした。
 御朱印代は、300円です。




寺院名:妙宣山 徳大寺
所在地:東京都台東区上野四丁目6‐2
宗 派:日蓮宗
本 尊:大曼陀羅 摩利支天
通 称:下谷摩利支天
記事検索
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
Amazonライブリンク
livedoor プロフィール
QRコード
QRコード
カテゴリ別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログトピックス
J-CASTニュース
  • ライブドアブログ