神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2015年11月

平河天満宮(東京都千代田区平河町)5

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平河天満宮に参拝してきました。

東京都千代田区に神社は鎮座していました。

最寄り駅は、東京メトロ半蔵門線「半蔵門駅」になります。
一番出口を出て、徒歩で数分の所にありました。

駐車場は見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場を利用した方が良いかもしれません。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』より)。
「東京都千代田区平河町に鎮座。平河天神とも。祭神は菅原道真公・誉田別命・徳川家康。例祭日は4月25日。
 文明十年(1478)に江戸平河城主の太田道灌が霊夢により、城内の梅林坂上に当社を創建した。
 天正十八年(1590)に徳川家康が江戸入城後に本丸を築造するため当社を上平河村に奉遷した。慶長十一年(1606)に二代将軍が江戸城増築にあたり現在地に遷して高台の神域を奉献した。
 江戸庶民の崇敬を集める。」

 また、平凡社刊「神道大辞典(昭和15年発行)」によると次の通りです。
「平河神社(ひらかわじんじゃ)
 東京市麹町区元平河町に鎮座。村社。菅原道真を主神とし、応神天皇、徳川家康を配祀し。平河天神、平河天満宮、貝塚の天神とも称す。
 社伝によれば、文明年間太田道灌川越三芳野の天神を江戸城内に勧請したるに創まり、徳川家康入部の後、平河町なる現地に遷祀せられたという。
 江戸に於ける名社で、上下の信仰が極めて篤い。
 例祭日、4月25日。」


 青山通りや新宿通り等の大通りから引っ込んだ所にありました。

 鳥居になります。
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 なかなか立派な鳥居です。

 境内はとても静かです。周辺は高層ビルです。

 江戸時代より庶民より崇敬されている神社のようで、神威が強いような感じを受けました。

 三殿宮が鎮座していました。
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 大鷲神社、塩神社、浅間神社が合祀されています。

 常夜塔になります。
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 千代田区指定民俗文化財になっています。立派な塔です。

 撫で牛がいらっしゃいました。
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 撫で撫で…

 こちらは石牛だそうです。
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 やはり牛が多いです。

 境内には城西大学奉納の石造布袋像がいらっしゃいました。
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 福々しい笑顔です。

 境内には「平河稲荷神社」が鎮座しておりました。
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 社殿になります。
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 商売繁盛の御利益があるそうです。朱色の鳥居が多く奉納されていますので、崇敬されている方々が多いと思います。

 平河稲荷神社の社殿前には「筆塚」がありました。
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 こちらが「力石」だそうです。
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 重そうです。

 こちらが社殿になります。
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(´人`)

 御朱印は、授与所にて頂けます。御朱印代は300円です。
お煎餅まで頂きました。美味しく食べさせて頂きました。

 御守りや御神札(初穂料:800円)がありました。





神社名:平河天満宮
鎮座地:東京都千代田区平河町一丁目7‐5
祭 神:菅原朝臣道真公
配祀神:誉田別命 徳川家康公
通 称:平河天神
旧 称:平河神社
社格等:旧村社

吹上稲荷神社(東京都文京区大塚五丁目)5

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 東京都文京区に神社は鎮座していました。

 護国寺の近くにあり、門前を東西に走る「不忍通り」を少し東に行き、「坂下通り入り口」という交差点を北に少し行ったところに神社はありました。

 最寄り駅は、東京メトロ有楽町線「護国寺駅」になります。
徒歩では一番出口を出て6〜7分位はかかりそうです。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(由緒書きによる)。
「元和八年創立。徳川二代将軍秀忠公が下野国日光山より稲荷大神の御神体を戴き、江戸城中大奥紅葉山吹上御殿内に『東稲荷宮』と称して祀り幕府が崇敬、武家諸公の信仰も篤かった。
 しかし、五代将軍綱吉公の時代に『老中堀田・柳沢事件』(俗称『吹上騒動』)の余波を受け、神田一ツ橋外護持院ケ原(現 共立女子大学付近)に遷座された。
 その後、副将軍水戸家分家である松平大学頭が徳川家より拝領、武蔵国北豊島郡小石川御組屋敷御箪笥町の松平大学頭邸内(現 教育の森公園)に移遷し祀られた。
 宝暦元年、大塚村民鎮守神として松平家より拝受し善仁寺付近(現 小石川四丁目)に遷祀、崇敬者も武家に限らず多数に及んだ。また、この時に江戸城内中大奥紅葉山吹上御殿に鎮座せられるを以て、誰言うことなく『東稲荷宮』を『吹上稲荷社』と替え奉り、今日の社名に改名した。
 後に護国寺月光殿 薬師寺付近に遷祀し薬師寺良弁師が別当を行い奉仕したが、明治五年の太政官布告による神仏分離のため大塚上町に仮遷し祀られ、明治十五年には大塚仲町(現 大塚三丁目)に移遷し祀られた。そして明治四十五年、市区改正のため現在地である大塚坂下町に遷座し奉り、今日に及ぶ。
 当社には 神殿に『稲荷宮』の額と、神座前に錦の『徳川正記三葉葵』の神紋がある。また、石造りの二ノ鳥居は宝暦三年 石工嘉兵ヱ作、石造りの御神狐一対は宝暦十二年 上町御組屋敷・中町(仲町)・坂下町・久保町(窪町)より奉納された。
 尚 この御神狐は、石造りの一対としては現存する最古のものとされている。」


 周辺は住宅地でとても静かです。

 通り沿いに一の鳥居がありました。
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 社号標です。
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 参道を進むと二の鳥居がありました。
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 境内はさほど広くはありません。

 手水舎です。
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 手と口を漱いで参拝です。

 こちらが社殿になります。
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(´人`)

 神輿倉かと思われます。
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 中が見れません。

 御朱印は、境内の右側にある社務所で頂けました。
御朱印代は300円です。

 こちらが社務所です。
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 由緒書きはありました。




神社名:吹上稲荷神社
鎮座地:東京都文京区大塚五丁目21‐11
祭 神:保食之大神(うけもちのおおかみ)
旧 称:東稲荷宮 吹上稲荷社
社格等:?

北関東三十六不動尊霊場 納経帳5

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北関東三十六不動尊霊場の納経帳になります。

各札所に置いてあるそうなので、巡拝したい人は最初に参拝したお寺で頂いてください。
私は、群馬県伊勢崎市にある七番札所「真光山長安寺」で頂きました。
1,500円です。

納経色紙や納経軸もあります。
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