神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2015年07月

人形町大観音寺(東京都中央区日本橋人形町)5

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東京都中央区にある寺院になります。

最寄り駅は、東京メトロ日比谷線「人形町駅」になります。
徒歩では数分かと思われます。

駐車場は見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場を利用した方が良いかもしれません。


こちらの寺院の由緒は、次の通りです(雄山閣出版刊『日本名刹事典』)。
「聖観音宗。本尊は鉄造聖観音(頭部のみ、都重文)。
 『新編鎌倉志』によれば、この観音像は北条政子が鎌倉に建立した新清水寺の本尊であったが、正嘉二年(1258)の類焼後、本尊は井戸(鎌倉十井の一つ)より発見され、元禄十二年(1699)に観音堂に祀られたという。その後の明治の神仏分離の際に由比ヶ浜に棄捨されるところを、人形町の住民が船で東京御船蔵前前に運び、同九年に現在地に御堂が建立されて祀られた。
 現在は浅草寺の末寺となる。
 江戸札所第三番。
 毎月17日が縁日。」


入り口になります。
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山門はありません。

幟が立っていました。
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地域の方々の信仰が篤いのでしょう。

上がっていきます。
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こちらが本堂になります。
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参拝したのは7月11日でしたので、ご本尊は御開帳されていました。
本堂に上がり、お線香をあげさせて頂きました。

毎月11日・17日が御開帳だそうです。
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内部です。
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前立て本尊の後ろにご本尊がいらっしゃいます。

境内は、狭いくらいです。
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その中に韋駄天や荼枳尼天、馬頭観音等の仏様が祀られているお堂があります。

お地蔵様がいらっしゃいました。
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「本願地蔵尊」だそうです。

境内の左側にある授与所で御朱印が頂けます。「聖観音」・「地蔵菩薩」の二種類があります。
御朱印代は、各300円です。

御守りや御御影(江戸札所)等の授与品はありました。
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必要な方はどうぞ。



寺院名:人形町大観音寺
所在地:東京都中央区日本橋人形町一丁目18‐9
宗 派:聖観音宗
本 尊:聖観音
札所等:昭和新撰江戸三十三観音霊場 三番札所
御詠歌:くろがねの かたきちかひにみ仏は はなさくがごと ちまたにぞたつ

龍智山 毘廬遮那寺 常光院(埼玉県熊谷市上中条)5

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熊谷厄除大師に参拝しました。
天台宗別格本山になるお寺です。

熊谷市の北部の「上中条」という地区にお寺はありました。

最寄り駅は、JR高崎線・秩父鉄道「熊谷駅」になります。
徒歩ではお寺まで行くのは大変かと思われます。
バスの場合、熊谷駅正面口3番のりば「葛和田」行きに乗り、「竹之内」で下車、徒歩で数分でお寺に着きます。

駐車場はありました。
自動車は、十数台位は停められそうです。


こちらのお寺の由緒は次の通りです(雄山閣出版刊『日本名刹大事典』より)。
「通称は熊谷厄除大師。天台宗特別寺、龍智山。本尊は釈迦如来。
 寺伝では建久三年(1192)に武蔵国司藤原常光の菩提のため、孫の中条家永が金海を迎えて武蔵国司館を寺としたのが始まりという。
 はじめ梶井宮の綸旨を受けていたが、のちに寛永寺末となり、学頭寺として格式を与えられ、地方本寺として住職には学頭が拝命されてきた。
 『寺院本末帳』には朱印30石、末寺8ヶ寺、門徒18ヶ寺とある。
 寺宝には悉曇字母表(市文化財)、絹本著色阿弥陀変相図(県文化財)、中世文書(県文化財)など多数がある。」


熊谷市の中心部からかなり外れていますので、周辺は長閑な感じがします。

山門になります。
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中条氏の館跡に建つ寺院です。
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参道を進みます。
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木々が多く、蚊が多いです。

本堂は茅葺きなのでとても趣があります。
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なかなかこのような本堂がある寺院はないのではないでしょうか。

観光地になっていないので、境内はとても静かです。
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蚊が多い…

中条常光のお墓になります。
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御朱印は、本堂の左側の授与所で頂けました。
ご本尊の御朱印の他にも各霊場の御朱印が頂けます。
御朱印代は、各300円です。

御守りや絵馬といった授与品はありました。
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必要な方はどうぞ。




寺院名:龍智山 毘廬遮那寺 常光院
所在地:埼玉県熊谷市上中条1160番地
宗 派:天台宗
寺格等:別格本山
本 尊:釈迦三尊
通 称:熊谷厄除大師
札所等:関東百八地蔵尊霊場 六番札所
    ぼけ封じ関東三十三観音霊場 二十八番札所
    武蔵国十三仏霊場 虚空蔵菩薩
    関東九十一薬師霊場 三十八番札所
御詠歌:むさし野に 縁しを結び ありがたき 国司の館 ふだらくの里

小網神社 授与品(東京都中央区日本橋小網町)5

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東京都中央区にある「小網神社」になります。

最寄り駅は、東京メトロ日比谷線・都営地下鉄都営浅草線「人形町駅」、東京メトロ東京メトロ半蔵門線「水天宮前駅」になります。

駐車場は見当たりませんでした。
周辺に有料駐車場があるかどうかわかりませんので、できれば電車かバスで行かれてください。


こちらの神社の由緒は次の通りです。
「当神社は、伊勢神宮を本宗として、文正元年(1466)今より約550年ほど前に、商売繁盛、疫病鎮静の神として鎮座した。
 初めは、小網山稲荷院万福寿寺を別当寺とした稲荷神社であった。その後昭和初期までは、小網稲荷神社と号し、江戸時代から稲荷堀稲荷とも称されていた。
 その後太田道灌は、当社への崇敬篤く、時折参拝し、社地を奉じ、社殿を造営したといわれる。社名も公の命名によると伝えられる。
 さて、戦時下では、当社の『強運厄除守』を奉戴した者の多くが、戦地より無事帰還したことから、都内は勿論、各地より強運厄除の御神徳を戴き、自らの運を強め、豊かで明るい生活を求める参拝者で賑わう。」


日本橋小学校の近くに神社は鎮座していました。

神社の全景になります。
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神社自体は狭いくらいです。

提灯になります。
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手水舎になります。
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手と口を漱いで、参拝です。

強運厄除けの神社だそうで、力強い感じがしました。なのか、参拝者も途切れずにいらっしゃいました。

神社は、まだ改修工事中です。

授与所は、以前は社殿左側の所にありましたが、境内左側に移りました。

日本橋七福神の福禄寿です。
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(´人`)

参拝後、授与所にて御神札と強運厄除けの御守りを頂きました。



神社名:小網神社
鎮座地:東京都中央区日本橋小網町16‐23
祭 神:倉稲魂神 市杵比賣神 福禄寿
社格等:旧村社
旧 称:小網稲荷神社
札所等:日本橋七福神 弁財天・福禄寿
    下町八社福参り

赤坂山王日枝神社(東京都中央区永田町)3

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東京都千代田区永田町に鎮座している「赤坂日枝神社」になります。。

最寄り駅は、東京メトロ千代田線「赤坂駅」、銀座線「溜池山王駅」になります。
両駅から徒歩数分位の所にありました。


こちらの神社の由緒は次の通りです(國學院大学日本文化研究所編 弘文社刊『神道事典』より)。
「〈祭神〉大山咋神、相殿、国常立尊、伊弉冉神、足仲彦尊
〈指定文化財〉太刀一振(国宝) 太刀十四振(重文)
〈例祭日〉6月15日(山王祭、神幸祭(隔年))
〈由緒〉創祀年代未詳。熊野那智大社米良文書の貞治元年(1362)の文書に『武蔵国豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、これが当社の前身にあたるという説がある。また一説には、文明十年(1478)太田道灌が江戸築城の際に川越の無量寿寺(現、喜多院)の鎮守日枝神社から勧請したことに始まるともいう。
 天正十八年(1590)徳川家康が江戸に移封されたときに、城内の紅葉山の地に遷座し江戸城の鎮守とされた。慶長九年(1604)からの江戸城改築に伴い、麹町隼町に移遷され江戸庶民の参拝が可能となった。その後明暦の大火で類焼したため、万治二年(1659)さらに現在地にに移された。
 当社の祭礼である山王祭は神田祭と並び江戸の代表的祭りとされ、多数の山車・練物が出るなど華美を極めた。天下祭・御用祭としょうされた。
 明治元年(1868)11月、東京奠都に際して准勅祭社となり、そののち祠官となった平山省斎の努力などもあって皇城鎮護の社として官幣大社に進んだ。
 昭和二十年(1945)5月の空襲で国宝の社殿をはじめ宝物類を焼失したが、昭和三十三年6月に現在の社殿が復興された。
〈旧社格〉官幣大社(大正元年)」

また、大修館書店刊「日本の神仏の辞典」よると次の通りです。
「東京都千代田区永田町に鎮座する旧官幣大社。神社本庁別表神社。主祭神は大山咋神、相殿神に国常立尊、足仲彦尊、伊弉冉神を奉斎する。
 江戸期においては日吉山王社・山王権現と称し大宮・二宮・三宮を祀った。
 創祀年限は平安末期に遡り、秩父流平氏の名族・江戸重長の江戸荘定着にともなって、同氏の本貫地川越荘の鎮守日吉宮を勧請したという。また、『米良文書』貞治元年(1362)の願文に『豊島郡江戸郷山王宮』とみえ、熊野師檀関係を軸とした中央との交流がうかがえる。
 文明十年(1478)太田道灌の江戸築城にあたり、郭内北の曲輪梅林坂に奉祀され、天正十八年(1590)徳川家康関東入国後は、紅葉山さらに半蔵門外へ遷祀、社領600石が付されるなど、爆風直轄の大社として重きをなした。明暦の大火後は現在地に遷り幕命によって荘厳な社殿が造営された。
 年二季、将軍家の奉幣があり、6月15日の祭礼は山王祭礼・天下祭りとして豪華な神幸祭を挙行、江戸第一の盛典と称された。」


鳥居になります。
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「山王鳥居」という独特な鳥居です。

階段で昇っていきます。
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外堀通りからの参道からはエスカレーターで境内まで登れます。
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(´・ω・`)

とても楽です。

こちらが表参道のようです。
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少々急ですから、気を付けてください。

随神門になります。
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手水舎になります。

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社殿になります。
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(´人`)

創建に関して勧請したのは「江戸重長」or「太田道灌」の両説があります。
共に武蔵国川越の「日吉社(日枝神社)」からのようです。

周囲はオフィス街です。
平日はサラリーマンやOLの参拝も多いかもしれません。

宝物館が開いており、拝観が出来ます。

以前こちらの神職が巫女さんにとんでもないことをしたことがニュースに出てました。

御朱印は、御朱印受付で頂きました。
御朱印代は500円円です。
以前は御朱印代は300円でしたが、値上げしてました。




神社名:赤坂山王日枝神社
鎮座地:東京都千代田区永田町二丁目10‐5
祭 神:大山咋神
相 殿:国常立尊 伊弉冉神 足仲彦尊
旧 称:山王社 山王権現
社格等:旧官幣大社 勅祭社 別表神社
URL:http://www.hiejinja.net/

神田神社(東京都千代田区外神田)5

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東京都千代田区にある神社になります。

最寄り駅は、中央線・総武線「御茶ノ水駅」、東京メトロ丸ノ内線「御茶ノ水駅」、東京メトロ千代田線「新御茶ノ水駅」になります。

駐車場は、見当たりませんでした。
自動車で行かれる方は、周辺の有料駐車場をご利用してください。


こちらの神社の由緒は次の通りです(國學院大学日本文化研究所編 弘文社刊『神道事典』より)。
「〈通称〉神田明神 〈旧称〉神田大明神、芝崎明神
〈祭神〉大己貴命(一宮)、少彦名命(二宮)、平将門霊神(三宮)
〈指定文化財〉将門塚(都史跡)
〈例祭日〉五月中旬(15日頃、神田祭)
〈由緒〉天平二年(730)武蔵国豊島郡芝崎村に開拓民として入植した出雲系氏族が大己貴命を祀るため創始したという。
 承平五年(935)の乱で敗死した平将門の首が、京都から持ち去られて社の傍らに葬られ、東国の平氏から崇敬された。嘉元年間(1303〜1306)疾病が流行すると将門の祟りと見なされて供養が行われ、延慶二年(1309)には荒廃した社を修復し、将門を相殿神に迎えた。
 その後徳川家康の江戸入府と江戸城増築に伴い、元和二年(1616)現在地に遷座。同四年には桃山風の社殿が竣工し、武州総社、城下総鎮守、江戸城鬼門の守護神として山王社に並ぶ待遇を受け、その祭礼も天下祭と呼ばれて将軍の上覧を得た。
 また、将門の末裔芝崎氏が神主と府内神社触頭(ふれがしら)に任命され、寛文三年(1626)天皇より将門勅免がくだった。
 明治元年勅祭社となるが、七年、将門が祭神より外されて別殿に移り、大洗磯前神社より少彦名命の分霊が迎えられた。しかし、昭和五十九年氏子の要望により、将門は三宮の祭神として復活した。
〈旧社格〉府社(明治五年)」

また、大修館書店刊「日本の神仏の辞典」よると次の通りです。
「東京都千代田区外神田に鎮座する旧府社。神社本庁別表神社。神田明神の称も名高い。主祭神として大己貴命・少彦名命・平将門命を奉斎する。
 社伝によれば天平年間、出雲系氏族による大己貴命勧請を創祀とする。中世には江戸郷芝崎村の鎮守として平将門の霊を奉斎したともいわれ、大手町の将門塚(都旧跡)の存在からも御霊信仰の深い影響がうかがえる。
 近世初期の江戸城大拡張により、慶長八年(1603)駿河台に移され、次いで元和二年(1616)江戸城東北鎮護として現在地に遷座した。
 『慶長見聞録』によると江戸城お茶の水の堀を境に北東を当社、南西を山王権現の氏子として江戸総鎮守とされた。幕府の尊崇は極めて厚く、幕命による社殿造営がみられ、また寛文十一年(1671)霊元天皇から神田大明神の宸筆勅額の下賜をみた。
 5月15日の例祭は天下祭り・御用祭りとも称し、城内神輿繰り込みが免許され、将軍上覧があった。豪荘華麗な山車が江戸市中を巡幸し江戸・東京を代表する大祭と称された。」


「なんだ神田の大明神」と詠まれた神田明神です。
正式な神社名は「神田神社」となります。

参道には「甘酒」を売るお店がありました。

随神門になります。
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鮮やかな門になります。

手水舎になります。
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手と口を漱いで参拝です。

神楽殿でしょうか。
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こちらは大黒天です。
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(´人`)

社殿になります。
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(´人`)

平将門も祀られています。

境内には、「銭形平次の碑」がありました。
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といっても銭形平次自体は架空の人物になりますが、物語では神田明神の近くに住んでいたということで、こちらの神社に碑があります。

境内の左側には江戸神社が鎮座していました。
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御朱印は、境内の左側にある授与所で頂けました。
御朱印代は、300円でした。

御守りや御札といった授与品はありました。




神社名:神田神社
鎮座地:東京都千代田区外神田二丁目16‐2
祭 神:大己貴命 少彦名命 平将門命
通 称:神田明神
社格等:旧府社 勅祭社 江戸総鎮守
札所等:東京十社めぐり
URL:http://www.kandamyoujin.or.jp/
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