神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2014年06月

脇屋山正法寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「脇屋山正法寺」に参拝してきました。
高野山真言宗のお寺になります。

最寄り駅は、東武桐生線「治良門橋駅」になります。
徒歩では、30分以上はかかるかもしれません。

駐車場は、お寺入り口の右側にありました。
自動車は、5〜6台位は停められそうです。

こちらのお寺は、太田市の市街地からかなり外れていますので、周辺は田園地帯になり、長閑でした。


寺伝によると、奈良県の醍醐寺を開山した「聖宝」が「源経基」の請願を受けて延喜年間(901〜923年)に開山し、古くは聖宝寺と呼んだと伝えられています。
元暦年間(1184〜1185年)に新田氏の祖「新田義重」が堂塔を修理し、元弘年間(1331〜1334年)には新田義貞の弟「脇屋義助」が脇屋郷及び大般若経600巻を寄進したと伝えられており、「脇屋義助」の菩提所になります。


駐車場に自動車を置き、参拝になります。

参道を進むと、仁王門がありました。
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いわゆる山門になります。
こちらの門は、貞享二年(1685年)の建立の門になり、太田市指定重要文化財になっています。
とても立派でした。

門の左右にある仁王尊は、門と同様に太田市指定重要文化財になります。

山門内には、大きな鰐口がかけられていました。
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紐がつけてあり、鳴らすことも出来ました。

こちらが由緒です。
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なかなか古そうです。

山門を入ると、正面には本堂がありました。
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聖観音」が祀られています。
聖観音像は、鎌倉時代初期に作られたと考えられており、群馬県指定重要文化財になっています。
12年に一度午年に開帳されるそうです。
参拝したときは、残念ながら拝むことは出来ませんでした。
また、江戸時代に旧本堂は火災にあってしまい、現在は観音堂を本堂にしています。

こちらが本堂に掲げられていた扁額です。
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どなたが書かれたのでしょうか?

東上州三十三観音霊場 十九番札所」と「上州新四国八十八ヶ所 五十七番札所」になっており、古くからの霊場として、参拝者がいらっしゃるようです。

本堂の左側には、脇屋義助像がありました。
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建立されて、それほど時間は経っていないようです。
兄弟そろって悲劇の武将になってしましました。

本堂の裏手には、脇屋義助の遺髪塚がありました。
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ひっそりとありました。続きを読む

徳川東照宮(群馬県太田市)5

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群馬県太田市の南部、埼玉県深谷市に近いところに神社は鎮座していました。
上武大橋が近くにありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「世良田駅」になります。
徒歩では、30分以上はかかると思われます。

神社専用の駐車場は見当たりませんでした。
南側にある「満徳寺資料館」の駐車場を利用した方が良いかもしれません。
自動車は、10台以上は停められそうです。


こちらの神社の由緒は以下の通りです。
「徳川氏始祖義季公から八代目である親氏公は、南北朝の戦いで室町幕府による新田氏残党追捕の幕命により新田之庄を出国せざるをえなくなります。
徳川郷の生田隼人は、親氏公の出国時に銭一貫文と品物を餞別とし、郷内の百姓とともに中瀬(現埼玉県深谷市)までお見送りをしました。
またその時に親氏公の領地を預けられたことで、以後生田家が徳川郷主となります。
天正十九年(1591)徳川郷主生田家十六代義豊は、武州川越(現埼玉県川越市)で家康公に謁し『新田徳川系図』の提出と生田姓から正田姓への改めを命じられます。
同11月には、家康公より徳川郷へ三百石の御朱印を寄進、正田家に徳川遠祖の御館跡を子孫末代まで居屋敷として所持してよいと仰せつけられました。
寛永二十一年(1644)世良田東照宮勧請にともない、十八代正田義長は邸内に私的な東照宮を建立したました。
祭祀は正田家が執り行い、世良田東照宮と同様に4月17日と正月に限り庶民の参拝を許可しました。
明治五年(1872)邸内社であった東照宮の社地を徳川郷へ寄進。
同四十年(1907)11月6日、郷内四社各末社が合祀されたことにより、徳川郷の鎮守に崇められるようになりました。
大正三年(1924)6月3日、徳川郷内の永徳寺より「権現堂」を移築、それを拝殿とし現在に至ります。」


こちらの神社は、同市内に鎮座する「世良田東照宮」が兼務しています。

こちらが入口になります。
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社標です。
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徳川氏の祖「徳川義季」の館跡に神社は建っています。
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参道を進んでいkます。
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こちらが手水舎です。
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といっても水ははられていません。

こちらが社殿です。
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こぢんまりしています。

社殿の脇には、大きな木がありました。
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御神木なんでしょうか?

また、松の木もありました。
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社殿の後方は、畑でした。
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御朱印は、同市内に鎮座する「世良田東照宮」で頂けます。
御朱印代は、300円でした。
若い神職の方に対応していただきました。

由緒書きはありません。




神社データ
神社名:徳川東照宮
鎮座地:群馬県太田市徳川町396番地
祭 神:徳川家康公 他十三柱
社格等:旧村社

薬王山 廣福寺(埼玉県狭山市)5

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埼玉県狭山市にある天台宗の名刹「薬王山広福寺」に参拝してきました。

最寄り駅は、西武新宿線「新狭山駅」になります。
徒歩では、お寺まで約十分位かと思われます。

お寺までの道は、少々狭い道を行きますので、自動車で行かれる方は気をつけてください。

自動車は、山門の横に数台、境内に数台は停められそうです。
他に駐車場があるかどうかは、わかりません。

山門です。
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竜宮城の門みたいです。

門標です。
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山門を入ると、左側にはお堂があり、毘沙門天が祀られていました。
小窓からライトアップされた毘沙門天のお顔が拝めます。

境内は、綺麗に整備されており、雰囲気は良かったです。
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庫裡の前の池には、鯉が泳いでいました。
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なかなか雰囲気が良いです。

十三仏がいらっしゃいました。
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何だか並んでいるとすごい。

本堂の前には香炉がありましたので、お線香をあげさせて頂きました。
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本尊である「薬師如来」が祀られています。

御朱印は、本堂の右側にある庫裡で頂けました。
今回は、関東百八地蔵尊霊場の御朱印を頂きました。
関東九十一薬師霊場や武蔵国十三仏霊場の御朱印もあるかもしれません。
御朱印代は、300円でした。

由緒書きは、無いそうです。




寺院データ
寺院名:薬王山 地蔵院 廣福寺
所在地:埼玉県狭山市下奥富844番地
宗 派:天台宗
本 尊:薬師如来 地蔵菩薩 文殊菩薩 毘沙門天
札所等:関東百八地蔵尊霊場 九番札所
    関東九十一薬師霊場 三十二番札所
    武蔵国十三仏霊場 文殊菩薩

聖天山歓喜院(埼玉県熊谷市)5

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埼玉県熊谷市の北部、旧妻沼町にある「聖天山 長楽寺 歓喜院」に参拝してきました。
高野山真言宗の属するお寺になります。

熊谷市の中心部からはかなり外れています。
利根川からも近く、群馬県太田市のすぐそばです。

最寄り駅は、JR高崎線「熊谷駅」になります。
バスだと、JR熊谷駅の北口から朝日バス6番乗り場から「妻沼聖天前行き」に乗り、終点下車になります。

駐車場は、お寺の周辺にありました。
自動車は、かなりの台数が停められそうです。


こちらのお寺の由緒は以下の通りです。
「寺伝によると、治承三年(1179年)、長井庄(埼玉県熊谷市妻沼)を本拠とした武将「斎藤実盛」が、自身の守り本尊である「大聖歓喜天」を祀る「聖天宮」を建立し、長井庄の総鎮守としたのが始まりとされています。
その後、建久八年(1197年)、斎藤実盛の次男である実長(宗光とも)が出家をして「良応僧都」となり、聖天宮の別当寺院として「歓喜院 長楽寺」を建立をして、十一面観世音菩薩を本尊としたそうです。」


こちらが本坊の山門になります。
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こちらが本坊の本堂になります。
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本坊には、歓喜天と十一面観音が祀られています。
境内は、綺麗に整備されており、雰囲気は良かったです。
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参拝者はいらっしゃいませんでした。

こちらが門前にあった案内板です。
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山門前のご案内によると、本坊の内拝は「3月第2土日曜日の午前9時から午後5時まで」と「12月22日午後7時から午後8時まで」になります。

本坊から聖天堂に向かう左側には「板石塔婆」がありました。
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「一光三尊阿弥陀如来(いわゆる善光寺如来)」が彫られており、埼玉県指定重要文化財になっています。

こちらが説明板です。
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ずいぶん古そうな板碑です。

聖天堂へ向かいます。

こちらが「貴惣門」になります。
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国指定重要文化財だそうです。
両脇には仁王像がありますが、仁王門とは呼んでいないようです。

参道を進みます。
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開基に当たる「斎藤実盛」象がありました。
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左側にあるボタンを押すと「唱歌」が流れます。
ちょっと恥ずかしい・・・

地蔵堂がありました。
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子育て地蔵のようです。

観世音菩薩がいらっしゃいました。
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ぼけ封じ関東三十三観音霊場の札所本尊だそうです。
年をとっても頭はスッキリはっきりしていたいものです。

こちらが護摩堂だそうです。
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通常は、自動車の安全祈祷に使われているようです。

こちらが仁王門です。
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こちらの門も貴惣門に負けず劣らず立派です。

左右には仁王像が配されています。
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怖そうな仁王像です。

こちらが扁額です。
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実質上、こちらの門が山門なのでしょうか。続きを読む

白華山 養源寺(栃木県足利市板倉町)5

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栃木県足利市にある「白華山 養源寺」に参拝してきました。
臨済宗妙心寺派に属するお寺になります。

栃木県足利市の西部、板倉町の二十丁山の中腹にお寺はありました。

最寄り駅は、JR両毛線「小俣駅」になります。
駅から徒歩では無理かと思われますので、自動車で行かれた方が良いかもしれません。

お寺専用の駐車場はありました。
自動車は、10台以上は停められそうです。


こちらのお寺は、約850年前に源氏の棟梁源義家の三男にあたる「源義国」を開基とし、開山住職は泰亀円了和尚を迎えて開創されたお寺になります。


入口になります。
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とくに山門はありません。

入口の左には、足利坂東観音霊場の札所である旨の碑がありました。
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六番札所になります。

入り口左側には、諸仏が祀られています。
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参道を進みます。
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両側には躑躅(つつじ)と思われる花が多く咲いてました。
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とても綺麗です。
白い花ばかりですが、凛とした感じで良いです。

参道を進むと、左側には庚申塔が多くありました。
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庚申塚なのでしょうか?
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上にはお堂がありました。
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中には「青面金剛」がありました。
いわゆる「庚申堂」といった方が良いかもしれません。

参道を先に進みます。
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境内に入ると、左側には茅葺きの白い壁の「観音堂」がありました。
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観世音菩薩が祀られており、「ポックリ観音」として知られています。
こちらの観音様は、「足利坂東観音霊場」の札所本尊になっています。
茅葺きのお堂は、なかなか趣きがあって好きです。

観音堂に掲げられていた扁額です。
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また、観音堂の右側には「地蔵堂」がありました。
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地蔵堂に掲げられていた扁額です。
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内部になります。
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「延命地蔵菩薩」が祀られています。
足利市指定重要文化財になっているそうです。

こちらが地蔵堂の案内板になります。
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本堂になります。
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(´人`)

臨済宗らしい質素な雰囲気でした。
臨済宗なので、釈迦如来(足利市指定重要文化財)が祀られています。

こちらは、本堂に掲げられていた扁額です。
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本堂の前には「不動明王」がいらっしゃいました。
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不動明王というと真言宗や天台宗のイメージがありますが、臨済宗でも祀るのですね。

お地蔵様と蛙です。
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何故蛙が・・・続きを読む
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