神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2014年05月

石青山 威徳院 大聖寺(埼玉県比企郡小川町)5

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埼玉県比企郡小川町にある「石青山 威徳院 大聖寺」に参拝してきました。
天台宗に属するお寺になります。

比企郡小川町の国道254号線から南へ行った所にお寺はありました。
道路沿いにはお寺の入り口の看板が出ています。
お寺までは細い道を行きますので、自動車で行かれる方は、気をつけてください。

駐車場は、第一駐車場と第二駐車場がありました。


大聖寺の縁起が書かれた案内板がありました。
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「大聖寺は、天台宗に属し暦応三年(1340)に、この地域の土豪と思われる貞義が希融法印を招請して創建したと伝えられ、本尊は如意輪観音である。
境内にある法華院には、国指定重要文化財の石造法華供養塔(六角石塔婆)が保存されている。六枚の緑泥片岩を組み合わせたもので、塔の高さは1.36mあり、康永三年(1344)の造立ときざまれている。
大聖寺は、『下里観音』あるいは、『子育て観音』という名で、一般に親しまれており、四月二十日。十月二十日の縁日には、たくさんの参詣者が訪れる。
また、江戸時代末期頃から戦前までは、数百組の観音講(女人講)があり、にぎわいをみせたそうです。
本堂奥の高台にある観音堂は、江戸末期の建物で天井の絵は、小川町中爪の細井竹翁のものと伝えられ、当時のこの付近の文化をしのばせるものである。」


名刹になります。

お寺は、山の中腹にあるといった感じでした。

本堂まで行く途中に、「地蔵堂」がありました。
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(´人`)

お地蔵様が祀られています。

こちらが「本堂」です。
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(´人`)

本堂の右後方に「観音堂」がありました。

観音堂までには急な階段を上ります。
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こちらは「男坂」と呼ばれています。。
男性はこちらを上がっていきます。

両側には幟が立っており、信仰が偲ばれます。
「厄除け祈願」とあるので、御祈祷をしていただけるのかもしれません。
詳細は、お電話でご確認下さい。続きを読む

筑波山 来迎院 無量寿寺(群馬県前橋市二宮町)3

群馬県前橋市にある「筑波山 来迎院 無量寿寺」に参拝してきました。
真言宗豊山派に属するお寺になります。

群馬県前橋市二宮町に鎮座する「二宮赤城神社」の近くにお寺はありました。

これといった最寄り駅はありません。
できれば自動車で行かれた方が良いかもしれません。

駐車場は、参道の右側にありました。
自動車は、10台以上は停められそうです。


「上毛新聞社刊 ぐんまのお寺 真言宗機廚砲茲譴弌⇒浬錣麓,猟未蠅任后
「寺伝によれば、古くは修密山来迎院無量寿寺と称し、延喜年中(901〜923)の開基とある。
名応二年(1493)隆舜上人の中興開基となり、文亀三年(1503)のころより野州小俣の鶏足寺の末寺となる。
その後延宝四年(1676)三月に暴風雨によって堂宇が大破する。
将軍綱吉の在位の天和二年(1682)に、江戸護持院(後の護国寺)住職隆光僧正が当寺に隠居転任し、その際に十一面観音(市指定文化財)、絹地不動尊などを持参したという。
隆光僧正は、時の姫路城主酒井親清(雅楽頭酒井氏は天和年中=1681〜1684=には前橋城主で前橋五代の忠挙の代、時の姫路城主は、のちに酒井氏と交代で前橋城主となる松平氏)の帰依をうけ、当山を再建する。
親清の二男の親光は僧正の徒弟となり、憲光法印と号して当寺に住したという。
その頃、親清の孫の忠清が当地の領主に任ぜられ、その母が常州の筑波山を信仰していたことから、当山の境内に山を築き筑波両神を祭ったという。
このときに、鶏足寺末から江戸護国寺末となり、山号を筑波山にしたという。」


こちらが入口になります。
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とくに山門はありません。

寺号標になります。
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山号が「筑波山」になりますが、由緒になった酒井氏の筑波山信仰の古墳?が入口の右側にありました。
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国道17号線沿いにあるといった感じです。
登れるようですが、私は行きませんでした。

参道を進みます。

こちらは山門なのでしょうか?
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山門の右側には、地蔵菩薩や諸佛が祀られています。
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境内の左側には、弘法大師像がありました。
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やはり真言宗のお寺になります。

こちらが観世音菩薩になります。
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(´人`)

境内の中央には松の木がありました。
いわゆる御神木的な役割なんでしょう。続きを読む

新宿八幡宮(群馬県桐生市新宿町)3

群馬県桐生市新宿に鎮座する「新宿八幡宮」に参拝してきました。
旧村社になります。

「しんしゅくはちまんぐう」と濁らないです。

桐生市の中心部から東へ行ったところ、県道桐生岩舟線から一本南へ行った場所に鎮座していました。

最寄り駅は、JR両毛線「桐生駅」になります。
徒歩ではかなりかかりそうです。

駐車場は、見当たりませんでした。
自動車は、境内に数台は停められそうです。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「当社は桐生家重臣新居豊前守宗俊が天文二年(1533)八月十五日男山八幡宮のご分霊を請うて元宿に遷座せしも元亀二年の大洪水にて元宿流出し此の年三ッ塚及び奉行原にかけつ新宿を開拓し鎮守として八幡宮を遷せり当時の社殿は文政六年新宿大火にて焼失し現在の社殿は其の直後に造営せしものなり」


「男山八幡宮」からの勧請です。
石清水八幡宮」の旧称が男山八幡宮になります。

こちらが鳥居になります。
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道路に面しています。

鳥居に掲げられていた神額になります。
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社号標になります。
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案内板になります。
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手水舎になります。
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境内の右側には藤棚がありました。
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4月14日に参拝したので、まだまだでした。

その替わりに、枝下桜が咲いていました。
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とても綺麗です。

参道を進みます。
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金木犀になります。
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時季になると良い香りすると思われます。

奉納旗の勧めだそうです。
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よかったらどうぞ。

こちらが社殿になります。
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(´人`)

社殿には、「鳳凰殿」と書かれた神額が掲げられていました。
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どういう謂れがあるのでしょうか?

狛犬になります。
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いかついです。

こちらが本殿になります。
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彩飾がされていました。

社殿の左右には、境内社がありました。

琴平神社です。
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八坂神社です。
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塩釜神社です。
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織殿神社です。
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貴船神社です。
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伏見稲荷大明神です。
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伏見稲荷があるとは・・・

若宮八幡宮です。
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仏像がありました。
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神仏習合的です。

御朱印の対応は、不明です。




神社データ
神社名:新宿八幡宮(しんしゅくはちまんぐう)
鎮座地:群馬県桐生市新宿二丁目4‐30
祭 神:品陀和気命
社格等:旧村社

大原神社(栃木県足利市大前町)5

栃木県足利市にある「大原神社」に参拝してきました。
旧郷社になります。

足利市の西部、群馬県太田市との境近くに神社は鎮座していました。
足利市の中心部からはかなり外れています。

最寄り駅は、JR両毛線「小俣駅」になります。

駐車場は、道路を挟んで鳥居前と神社の右側にありました。
自動車は、合わせて6〜7台位は停められそうです。

以前の参拝日記⇒大原神社(栃木県足利市)


こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「本社は、人皇第十二代景行天皇の御代、日本武尊が東征帰路台山(本社の後方の台地)に登り前方の豊に稔る田野を見渡され、国家鎮護の為に山城国大原野神社を勧請して建てられたという。
中世以降は坂西各村の総鎮守として栄えた。」


こちらの神社は、平将門の伝説があります。
平将門が討たれたときに、腹部がこの地に飛んできたそうです。
また、同市内には将門の手が落ちたという伝説がある「大手神社」や将門の弟の御厨太郎に関係していると言う「御厨神社」が鎮座していました。

こちらが一の鳥居になります。
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鳥居に掲げられていた神額です。
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社号標になります。
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「郷社 大原神社」と刻まれています。

境内に入ると、右側には藤棚がありました。
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5月11日に参拝しましたが、見頃は過ぎてしまいました。
とても残念です。

手水舎になります。
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境内の左側には、碑がありました。
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所縁のある方のでしょうか?

境内の右側にもありました。
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こちらが神楽殿になります。
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「大和渋井流」だそうです。
どんな神楽なんでしょうか?

狛犬になります。
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神社には、狛犬がいらっしゃらないと!

二の鳥居と社殿になります。
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内部になります。
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(´人`)

「天兒屋根命 經津主命 武甕槌命 比女神」が祀られています。
平将門も祀られているのでしょうか?

社殿に掲げられていた神額になります。
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どなたが書かれたのでしょうか?

内部には、騎馬武者と思われる男性が描かれた絵馬?が掲げられていました。
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まさか平将門公でしょうか?
誰が奉納したのでしょうか?続きを読む

馬見塚飯玉神社(群馬県伊勢崎市馬見塚町)3

群馬県伊勢崎市馬見塚町に鎮座する「馬見塚飯玉神社」に参拝してきました。

伊勢崎市の南部、国道354号線の「馬見塚」という交差点の近くに鎮座していました。

これといった最寄り駅はありませんので、自動車で行かれた方が良いかもしれません。

自動車は、お隣の馬見塚延命寺の駐車場に停められそうです。


こちらの神社の由緒は、次の通りです(案内板より)。
「当社の創建は明らかではないが、後小松天皇の御代の応永年間(1394〜1412)大江広元の庶子、那波掃部輔によって再興されたと伝えられている。
当社はもと上社と下社の二社からなり、明治四十二年(1909)三月勅令により両社と延命寺境内にあった八雲神社を合祀し、同年八月この地に社殿を移築し奉遷した。
昭和五十五年合祀七十周年記念事業として社務所、水舎を新築した。
平成八年四月社殿改築奉賛会を結成し、社殿の改築、境内地の拡張と整備を行い平成九年六月一日に竣工し今日至る。」


国道354号線沿いにも鳥居がありますが、こちらは延命寺の駐車場側にある鳥居になります。
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こちらの鳥居の方が大きいです。

手水舎になります。
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案内板です。
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祭神や由緒が書かれています。

こちらが狛犬になります。
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神社には、狛犬がいなければいけませんね。

こちらが社殿になります。
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(´人`)

保食命(うけもちのみこと)を中心に祀られています。

社殿に掲げられていた神額になります。
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立派な字です。

境内の右側には「飯玉稲荷神社」が鎮座していました。
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境内社という位置付けなんでしょう。

また、境内の左側にも境内社が鎮座していました。
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何故だか鳥居に掲げられていた神額は「神武天皇」と刻まれていました。

神武天皇を祀る境内社があるのでしょうか?

神職の方は常駐していない神社のようなので、御朱印対応は不明です。





神社データ
神社名:馬見塚飯玉神社
鎮座地:群馬県伊勢崎市馬見塚町903番地
祭 神:保食命
配祀神:素盞鳴命 倉稲魂命 建御名方命 天児屋根命 迦具土命 別雷命 菅原道真命 大己貴命 豊受比売命 日本武命 大山祇命 大日靈命
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