神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2013年10月

石井山 三光院 珊瑚寺(群馬県前橋市)5

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群馬県前橋市にある「石井山 三光院 珊瑚寺」に参拝してきました。
天台宗のお寺になります。

前橋市の北部、旧富士見村の国道353号線沿いにお寺はありました。
お寺の看板はありますが、見過ごしてしまうかもしれません。

近くには、「道の駅ふじみ」がありました。

これといった最寄り駅はありません。
「前橋駅⇔富士見温泉前」間に日本中央バスが走っており、「珊瑚寺前」で降りると、すぐお寺はありました。
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駐車場は、境内の左側にありました。
自動車は、数十台は停められそうです。


こちらのお寺の由緒は、以下の通りです。
「珊瑚寺は古名を石井山三光院三錮寺といい、およそ1200年前の大同二年(807年)、日光山を開いた勝道上人によって開創されました。
その後約400年間は無住寺となっていましたが、正治年間(鎌倉初期)に梶原景時の女といわれる女性が尼僧になってここに移り住み、梶原景時父子、源頼朝の霊を慰めるため堂を建て、その後約240年間は尼僧はが住持していたので広く尼寺として知られるようになりました。
永享年間の末に、八崎城主の長尾景仲が、当時古跡寺であった当寺に子持村雙林寺を開創した月江上人と遊化し、その門弟が三十年間禅門の風(禅宗)を唱えましたが、これらの僧はいずれも他の寺に移り再度無住寺となり荒れ果ててしまいました。
文明年代(1469〜1486)、義貫和尚(二十七世)によって天台宗に、寺名も珊瑚寺と改められ、明歴年間(1655〜1658)秀覚法印(三十世)の代には前橋市青柳町の龍蔵寺の末寺になりとなりました。
文化六年(1810)良順法印(三十六世)の代には上野寛永寺の直末となり隆盛を極めました。
堯尊法印(三十三世)の時代には七堂伽藍があったと伝わっています。」


こちらが入口になります。
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国道353号線沿いにあります。

参道には、桜や紫陽花がありました。
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6月16日に参拝しましたが、紫陽花はまだまだ咲いていません。
今月の末頃から来月上旬頃には見頃かもしれません。

心字池には、七福神の石像がありました。

池には弁天橋が架かっており、その先には弁天堂がありました。
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弁天堂です。
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弁天堂の内部です。
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こちらが山門になります。
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山門を入ると、正面には、本堂がありました。
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本堂では、法事が行われていました。
本尊である阿弥陀如来と上州七福神の恵比寿尊天が祀られています。

こちらが鐘楼があります。
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なかなか立派です。

本堂の右側には、大きな杉がありました。
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神社で言うところの御神木的な位置づけなんでしょうか?続きを読む

田澤山 青松林 泉龍院 泉龍禅寺(群馬県桐生市)5

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群馬県桐生市にある「田澤山 泉龍院」に参拝してきました。
曹洞宗に属するお寺になります。

桐生市の西部、足利市に近い所にお寺はありました。

駐車場は、道沿いにありました。
自動車は、かなりの台数が停められそうです。


こちらのお寺の開創は応永二十四年(1417年)になり、当時は天台宗であった。
後天文十五年(1546年)に曹洞宗に改宗。
山林寺号を有する関東屈指の古禅林であり、特に全国各地や海外より多くの修行の僧侶が集まり、禅学を講義して修行された寺として宗門僧侶の出世の道場として開かれたお寺であった。
本尊は「釋迦牟尼佛」と「薬師瑠璃光如来」になります。
当院の薬師如来は霊験灼かで悪病を祓い、一切の厄を取り除き大願を成就して下さる薬師如来であります。
慶安二年(1649年)に徳川三代将軍家光より特使を受け山門を建立し、徳川家と諸民の安泰を祈るべく厄封じの祈祷印を受け厄よけ寺として栄えてきました。
今では厄よけの名声遠くまで広がり、桐生厄よけ薬師霊場として近隣各地より大勢の善男善女が参拝され、特別祈祷寺として信仰を集めているそうです。


こちらが入口になります。
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こちらが山門になります。
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山門の両サイドには、仁王様がいらっしゃいました。
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いわゆる「仁王門」と言った方が良いかもしれません。

また、諸仏が祀られていました。
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お寺なのに狛犬までいらっしゃいました。
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どうしてなんでしょうか?

山門に掲げられた扁額です。
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「青松林」とあり、こちらのお寺の林号になります。

先に行きます。

左側には「閻魔堂」がありました。
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閻魔大王と奪衣婆が祀られています。
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厳つい顔をした閻魔様がいらっしゃいました。

先に進みます。

庭園の池がありました。
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なかなか清々しい感じがします。

こちらが鐘楼堂になります。
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どんな音色なんでしょうか?

こちらは松になります。
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なかなか立派な松です。

先に進んでいきます。
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こちらは白山妙理大権現を祀るお堂になります。
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秋葉三尺大権現を祀るお堂もあるそうですが、距離がありそうなので行きませんでした。
合わせてこちらのお寺の鎮守社的なお堂なのかもしれません。

先へ行きます。

右側には地蔵堂がありました。
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水子地蔵が祀られていました。
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(´人`)続きを読む

理春山 竹芳寺(群馬県伊勢崎市)5

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群馬県伊勢崎市にある「理春山竹芳寺」に参拝してきました。
曹洞宗に属するお寺になります。

伊勢崎市役所から西へ約1km行った所にお寺はありました。
お隣は、群馬ヰセキとJAです。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「伊勢崎駅」・「新伊勢崎駅」になります。
徒歩ではかなりかかりそうです。

駐車場は、参道の左側にありました。
自動車は、5台は停められます。


こちらのお寺の由緒は以下の通りです(伊勢崎佐波観音霊場の案内パンフレットより)。
「かつてこの地域を知行していた旗本駒井家の菩提寺であった。
初代を竹芳全可、奥方を華厳理春と号しそれをとって理春山竹芳寺という。
二代親直の代に発看義光大和尚を迎えて開山に及び三代親昌に於て完成す。住職五世英嶽大和尚の時なり。
尚初代、二代は当寺御取立以前なので宝幢院に納る。
三代目より御定府の事故江戸青山玉窓寺に葬す。
当時には御追骸として御髪来り是を葬して御廟を立つ。」


お寺は、大通りから少し南へいった所にありますので、わかりづらいかもしれません。
「伊勢崎霊園」という看板を目印にしてください。
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こちらが入口になります。
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特に山門はありません。

こちらが寺号標になります。
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宝篋印塔なんでしょうか?
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入り口の左側には、「三社大明神」というお社?お堂?がありました。
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稲荷大明神・天満宮・秋葉大明神で三社だそうです。
こちらの祠は竹芳寺の鎮守社なんでしょうか?

こちらが案内板です。
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参道を進むと、左側には駐車場があります。

参道を進んでいきます。
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石橋なんでしょうか?
川は流れてはいませんが・・・

境内に入ると、鐘楼がありました。
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安永四年(1775)にできた梵鐘だそうで、「伊勢崎市指定重要文化財」になっています。

こちらが案内板です。
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平成25年6月29日に参拝しましたが、境内にあった紫陽花は満開でした。
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この時期の紫陽花は、やはり綺麗です。
本堂前には、仏像がありました。
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一体誰なんでしょうか?

また、こちらの仏像もありました。
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お地蔵様なんでしょうか?
若しくは、お釈迦様なんでしょうか?

こちらが本堂になります。
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本尊である「聖観世音菩薩」が祀られています。
以前参拝したときは、本堂は新築中でしたが、6月29日に参拝したときは出来てました。続きを読む

鴻神社(埼玉県鴻巣市)5

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埼玉県鴻巣市に鎮座する「鴻神社(こうじんじゃ)」に参拝してきました。
鴻巣総鎮守になり、旧村社になる神社になります。

鴻巣市の中心部に神社は鎮座していました。

最寄り駅は、JR高崎線「鴻巣駅」になります。
徒歩では、10分位でしょう。

コミュニティバスも出ており、最寄りのバス停は「雷電神社前」になります。
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バス停から神社までは30秒位でしょう。

自動車は、境内に停められるスペースがありました。
多くは停められそうにありません。


こちらの神社は、江戸時代に鴻巣宿鎮守となっていた氷川社(鴻ノ宮氷川大明神)、熊野社、竹ノ森雷電社があり、明治6年に三社を合祀して、雷電社のあった当地に「鴻三社」として創建されました。
その後、鴻巣町内に鎮座していた日枝神社、東照宮、大花稲荷社、八幡神社を合祀して、明治四十年に「鴻神社」と改称して、現在に至ります。


一の鳥居になります。
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こちらは、社標になります。
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こちらが鳥居前にあった看板です。
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参道を進むと、二の鳥居がありました。
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進むと、右側には手水舎がありました。
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市街地に鎮座していますので、境内はさほど広くはありません。

絶えず参拝者はいらっしゃいました。
地域に根差した神社なんでしょう。

参道を進むと、正面には社殿がありました。
しかし、写真を撮り忘れてしまいました(>_<)

社殿前には夫婦銀杏という御神木がありました。
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とても立派です。

また、松の木もありました。
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こちらも御神木という位置づけなんでしょうか?
この木もなかなか立派です。続きを読む

本庄金鑚神社(埼玉県本庄市)5

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埼玉県本庄市に鎮座する「本庄金鑚神社」に参拝してきました。
旧県社になる神社になります。

本庄市の中心部から少し西へいった所に鎮座していました。

最寄り駅は、JR高崎線「本庄駅」になります。
徒歩では、20分位はかかりそうです。


こちらの神社は、本庄総鎮守になる神社になります。

社伝によれば、欽明天皇2年(541)の創建といわれています。

式内社で官幣中社の金鑚神社の分霊なんでしょうか?
調べても詳細は分からず・・・


こちらが鳥居になります。
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道路に面して建てられており、社号額は松平定信の揮毫とのことですが、撮り忘れました。

鳥居を入ると左側に手水舎がありました。
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手を洗い、口を漱いで、参拝です。

境内には「楠」がありました。
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御神木という位置づけなんでしょう。
埼玉県指定文化財になています。

また、榧(かや)がありました。
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第二の御神木なんでしょうか。
本庄市指定文化財だそうです。

大きな門がありました。
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旧別当寺の「威徳院」の門だそうです。
本庄市指定文化財だそうです。
威徳院は、明治時代に廃寺となり、現在は「龍蓋山 佛母寺」になっています。

そのお隣には、恵比寿様がいらっしゃいました。
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福福しいです。
本庄七福神の一神です。

こちらが神楽殿です。
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なかなか立派です。
どんな神楽が舞われるのでしょうか?

こちらが社殿です。
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豪華な彫刻が施されており、権現造の社殿は市指定有形文化財になっています。
かなり立派です。続きを読む
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