神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2013年04月

栃木神明宮(栃木県栃木市)5

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栃木県栃木市の中心部に鎮座する「栃木神明宮」に参拝してきました。
旧県社になります。

栃木市は「蔵の町」と呼ばれており、神社近くにあるファミリーマートが蔵のよいな雰囲気の建物になっていました。

最寄り駅は、JR両毛線「栃木駅」になります。
徒歩では、15〜20分位はかかりそうです。

神社専用駐車場は、境内の社務所の隣に停められます。
境内の北側にある道路から入れます(神明宮出入口という看板有)。
自動車は、10台位は停められそうです。
周辺にも駐車場がありそうです。


こちらの神社の由緒は以下の通りです(由緒書より)。
「下野国栃木の鎮護の神として斉き奉らる。
当社は勧請の因記詳ならずも中興改築の棟札に、応永十壬寅年(第百代後小松天皇の御字)九月十六日正遷宮、天照皇大神、祇園牛頭天皇とあり。
応永の頃は皆川紀伊守の所領にして、同家は藤原氏の系統なるにより其の最も尊崇する素盞鳴雄命を相殿に祭祀せるものなるべし。
爾来近郷榎本城の支配を受けしが、天正年間豊臣秀吉小田原城征伐の挙あるや、時の城主榎本藤四郎は北条氏に属せしめた宗家小山氏(現在の小山市)の居城小山城落城と共に榎本城も没落せりと旧記に見ゆ、又大字栃木城内に皆川広照公の支城ありて神明宿なる小字あり、是当社の旧地なりしを天正十七巳午年正月十六日現地に奉遷宮されたるものなり。
徳川氏天下に覇たるに及び、或いは代官領となり、或いは知行所となり幾多星霜を経て、御祭事は町奉行之を掌りて、社家之を執行し来たれり、当社は明治五年に県社に列せられ、奉告は時の栃木県令鍋島幹之を行う。
同六年境内に於ける禁制の高札を下賜せらる。
これ実に県下初めてのことである。」


町の中に神社はありました。
しかも少々細い道を進んだ所にです。
近くには、宇都宮地方裁判所もありました。

また、「下野國総鎮守」になるそうですが、同市内に鎮座する「大神神社」との兼ね合いはどうなんでしょう?
拝殿の右側には、境内社がありました。

こちらが鳥居です。
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大きい鳥居ですが、鉄造なんですかね?

社標です。
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こちらが由緒を記した板になると思われます。
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読めません。

こちらが参道です。
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進んでいくと左側にお社がありました。
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福寿稲荷神社と魁稲荷神社の合祀社だそうです。

さらに進むと右側に手水舎がありました。
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その先には、奏楽殿がありました。
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いわゆる神楽殿でしょうか。
なかなか立派な建物です。続きを読む

新田神社(群馬県太田市)5

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群馬県太田市に鎮座する「新田神社」に参拝してきました。
旧県社になります。

群馬県太田市の北にある「金山」の山頂付近の「金山城址」に鎮座しています。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「太田駅」になります。
徒歩では、かなりかかりそうです。

駐車場は、金山を上がっていくと最後には公園の駐車場にありますので、そちらに自動車は停められます。


神社の由緒は以下の通りです。
「公の裔孫新田俊純・地方有志と謀り、明治六年神社創立の許可を得て、同八年社殿を建築し、新田神社の社號を賜る。
同九年縣社に列せられ、同十八年十月廿五日と翌十九年十月廿九日に皇后(昭憲皇太后)陛下御参拝幣帛料御奉納あらせられ、同二十一年十月二十二日皇太后(英照皇太后)陛下には使御差遣幣帛料御奉納御代拝仰付けられ、同二十五年十月十七日皇太子殿下(大正天皇)御参拝幣帛料御奉納あらせられたり。
同四十二年十一月七日皇孫殿下(今上天皇陛下)には学習院生徒の御資格にて御参拝幣帛料御奉納あらせられ、度々皇族方の御参拝辱ふせり。
又昭和八年五月新田公義挙六百年祭執行の趣天聴に達し祭粢料を御下賜あらせられ、同九年十一月十三日今上天皇陛下には御使永積侍従御差遣幣帛料御奉納あらせられ御代拝仰付けられたり。
同年十二月神社境内付近一帯は金山城址として文部大臣より指定せらる、同十三年五月二十二日御祭神殉節満六百年祭を奉行せり。」


駐車場に車を置いて、金山城址と新田神社を目指します。

しばらく参道を歩いていくと、石垣が目に入ります。
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月の池です。
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だんだん進んでいきます。
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石垣が多いです。
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なんだかお城って感じです。

登りきると、南曲輪跡に出ます。

碑がありました。
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そこには休憩所があります。
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中に「全国百名城スタンプラリー」のスタンプがあります。
また、自販機も一台ありますので、水分補給もできます。

この曲輪跡からの眺めがとても良いです。
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天候が悪かったため、雨雲が見えますが・・・

先に進みます。
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石段がありますので、足元には気をつけてください。
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登りづらい・・・
運動靴でないと歩きづらいです。続きを読む

広谷山 香華院 儀源寺(群馬県太田市)4

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群馬県太田市にある「広谷山 香華院 儀源寺」に参拝してきました。
曹洞宗のお寺になります。

太田市の南部、旧尾島町亀岡のお寺はありました。
埼玉県深谷市からも近いです。

これといった最寄り駅はないので、自動車で行かれた方が良いかもしれません。

駐車場は、入口の右側にありました。
自動車は、10台位は停められそうです。


こちらのお寺の由緒は以下の通りです。
「鎌倉時代から室町時代に生きた新田義貞の側室『勾当内侍』が越前の藤島で戦死した義貞の首を生誕の地である新田ノ荘に持ち帰り、菩提を弔うため、儀源比丘尼と名前を変えて、利根川の畔に『香華院』という草庵を建立したのを始まりとされています。
一時廃寺となってしまいましたが、元和年間(1615〜1624)に『儀源寺』として再興されました。」


こちらのお寺は、太田市中心部からかなり外れていますので、周辺はかなり長閑になります。

こちらは入り口になります。
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山門はありません。

入り口を入ると、右側には六地蔵がいらっしゃいました。
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参道を進むと、正面には本堂がありました。

本尊である「釈迦如来」が祀られています。
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こちらが寺号の書かれた額です。
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独特な字体です。

境内は緑が多いので、春先から初夏が良いかもしれません。続きを読む

足利伊勢神社(栃木県足利市)5

栃木県足利市に鎮座する「足利伊勢神社」に参拝してきました。
旧村社になります。

足利市の中心部に神社はありました。

最寄り駅は、JR両毛線「足利駅」になります。
徒歩では、数分といったところです。

駐車場は、境内の左側にありました。
自動車は、10台位は停められそうです。


こちらの神社の由緒は以下の通りになります。
「当神社は、古来、足利庄伊勢宮として、皇祖天照皇大神を奉斎して鎮祭され、足利氏の累代をはじめ、衆庶の人々が連綿と尊崇したといわれ、それは平安時代の中頃(1150年代)の創建と伝えられる。
引化二年(1845年)に社殿を復興造営して、以来明治十四年(1881年)、全三十九年に社殿の再興(当時東町)を行い、大正二年(1913年)には足利町民が挙って、伊勢神宮御用材のお木曳行事を盛大に斎行して、御社殿などを造営した。
しかし乍ら、全十四年に町の大火により境内の社殿のほか殆どが鳥有に帰した。
その後当宮を永遠に奉斎して、神ながらの本姿をねがう氏子崇敬者の熱誠と奉賛とによって、伊勢神宮の御正殿に倣い、端麗にして簡潔、重厚にして単純さを表す神明造りの建築様式で現在地に御社殿・鳥居・社務所等の諸建造物を新築し、昭和四年(1929年)に竣工、本殿遷座祭を斎行した。
御社名を伊勢神社と改称、村社に列していよいよ御神徳の宣場、社頭の隆昌を期して現在に至った。
今なお美わしき郷土の守護神として、広大無辺な御神徳を蒙り、足利のお伊勢さまとして親しまれている。」


3月23日に参拝してきました。久しぶりの参拝です。
境内の左側にある伊勢会館は無くなっていました。
新築工事をしているのでしょうか?

一の鳥居になります。
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その隣には社標がありました。
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正式には「足利伊勢宮」なんでしょうか?

看板もありました。
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足利伊勢神社の説明板になります。
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ふむふむ。

手水舎になります。
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口と手を漱いで、参拝です。

こちらの神社には、本家の伊勢神宮同様に内宮と外宮がありました。

こちらが内宮になります。
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お参りです。
(´人`)続きを読む

大田山 義貞院 金龍寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市にある「大田山義貞院金龍寺」に参拝してきました。
曹洞宗に属するお寺になります。

太田市北にある「金山」の麓、「義重山大光院(通称:呑龍様、宗派:浄土宗)」の少し北にお寺はありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「太田駅」になります。
徒歩では、30分位はかかりそうです。

駐車場は、入り口前と南側にありました。
自動車は、数十台位は停められそうです。


こちらのお寺の由緒は以下の通りです(太田市のホームページより)。
「大田山金龍寺は曹洞宗の寺で、寺伝によると、寺名は新田義貞の法名「金龍寺殿眞山良悟大禅定門」にちなんだものです。創建は応永二十四年(1417)に横瀬貞氏がその祖とした新田義貞を追善供養するため開基したとされています。
近年の研究によれば、金山城の重臣であった横瀬氏が文明年間(1469〜1486)に創建したとする説が有力です。
その後、金龍寺は下剋上により新田(岩松)氏を退け金山城の実質的な城主となった横瀬氏(のち由良氏)一族の菩提寺として興隆しました。
現在の金龍寺は慶長年間(1596〜1615)に、この地を領した館林城主榊原氏により再興されたものです。」


寺標です。
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駐車場には、説明板がありました。
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駐車場の脇には、「豊川稲荷」がありました。
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幟が多く奉納されていたので、信仰される方々が多いのでしょう。

こちらのお寺は、少し高台にありました。

こちらが入口です。
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石段を上がっていく途中には「不許葷酒入山門」と刻まれて標がありました。
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曹洞宗らしいです。
六地蔵や諸仏がいらっしゃいました。
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石段を上がっていきます。
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4月7日に参拝してきましたが、残念ながら桜は散っていました。
これからは緑が綺麗な時期になるので、良いかもしれません。

境内には綺麗に整備されていました。
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すがすがしい感じでした。

句碑がありました。
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「上り来て 桔梗明るし 金竜寺」
どなたなんでしょうか?

七福神がいらっしゃいました。
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こちらのお寺は、上州太田七福神の毘沙門天を祀るお寺になります。
おそらくは、本堂の方にも毘沙門天が祀られているかと思われます。続きを読む
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