神社仏閣史跡巡り

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

2013年03月

高鳥天満宮(群馬県邑楽郡板倉町)5

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群馬県邑楽郡板倉町に鎮座する「高鳥天満宮」に参拝してきました。
旧郷社になります。

駐車場は、境内の右側にありました。
自動車は、十台位は停められそうです。

駐車場までは細い道を行きますので、自動車で行かれる方は、気をつけて下さい。


こちらの神社の由緒は以下の通り(説明板より)。
「菅原道真の臣岩下勝之丞なる者あり出羽の国(岩手県)の人にて道真に仕へて勤労ありしが延喜元年正月二十五日(西暦901年)道真讒を蒙り筑前大宰府に左遷せられし時、岩下之に随行せんことを請うも許されず、然れどもその忠勤に感じ道真自ら像を画き興へて曰く、『之を我として仕へ失ふこと勿れ』と岩下止むを得ず涙を揮いて本国に帰り永く子孫に伝えて守護せしむ
後文暦元年(西暦1234年)の春その後裔岩下勝之進公の画像を携へ京都北野天満宮に参詣し帰国の途次、此の地に耒り民家に投宿せり 既にして俄に一社創建の念起こり里正に計る
里正曰く之より百歩西地の林、昔より鳥飛来して止まず故に高鳥と称すと 依りてこの地を卜し国王に請ひ社殿を建て公の画像を安置せるものなり現在の社殿は嘉永元年(西暦1848年)新築されたものなり」


一の鳥居です。
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くぐると、左側に説明板がありました。
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すむふむ。

手水舎です。
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手と口を漱いで、先に進みます。

二の鳥居を上がる右側には、こちらの碑がありました。
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「東風吹かば にほいおこせよ 梅の花 主人なしとて 春な忘れそ」
無念さが伝わる和歌です。

二の鳥居です。
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階段を上がると、社殿がありました。
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社殿には、多くのミニ撫で牛が奉納されていました。
御神徳がうかがえます。

社殿には、「菅原道真公」が祀られています。
また、御神体となるのは菅原道真の直筆の肖像画だそうです。
どうも北野天満宮や太宰府天満宮からの勧請の神社ではなさそうな感じです。

扁額です。
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周辺は住宅地になりますので、境内はさほど広くはありません。

神楽殿です。
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どんな神楽が舞われるのでしょうか?

社殿の真後ろに小さなお社があります。
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奥の宮なんでしょうか?
それとも境内社?続きを読む

一瓶塚稲荷神社(栃木県佐野市)5

栃木県佐野市に鎮座する「一瓶塚稲荷神社(いっぺいづかいなりじんじゃ)」に参拝してきました。

久しぶりの参拝です。

中心部から北へ約6kmへ行った旧田沼町の中心部に神社は鎮座していました。

最寄り駅は、東武佐野線「田沼駅」になります。
徒歩では、1分位になります。

駐車場は、神社周辺にありました。

こちらの神社の由緒は、以下の通りです。
「文治二年(1186年)佐野荘司成俊公は、冨士村の稲荷大明神を今の地に遷し祀り、佐野荘百数十郷の総社として尊崇したそうです。
その折各地の人々は瓶(かめ)に土を入れてこの地に運び塚を築いたので、塚を一瓶塚(いっぺいづか)と呼び、社を一瓶塚稲荷神社と称し、武将庶民の信仰も厚く、延享3年(1746年)には佐野荘の人々の協力によって銅製鳥居(国の重要美術品)が奉納されています。」

一の鳥居です。
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随分大きな鳥居です。

社標です。
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参道を進みます。
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石段を上がると、左側には手水舎がありました。
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こちらが授与所です。
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お正月以外は閉まっているかと思われます。
通常は、社務所に行けば、授与品はあると思われます。

境内の右側には、西宮神社が鎮座していました。
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説明板です
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ふむふむ。続きを読む

華蔵寺(群馬県伊勢崎市)4

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群馬県伊勢崎市にある「丘林山 浄土院 華蔵寺」に参拝してきました。
天台法華円宗になります。

伊勢崎市の中心部から少し北、華蔵寺公園内にお寺はありました。

最寄り駅は、JR両毛線・東武伊勢崎線「伊勢崎駅」になります。

駐車場は、境内の東側にありました。
自動車は、数十台位は停められそうです。

貞観十四年(872年)に鎮護国家の道場として創建、智證大師円珍上人が東国巡錫の折りにこの地を選び伽藍を建立、現在の寺院名になったそうです。

江戸時代には伊勢崎藩とも繋がりがあったようで、文化三年(1806年)に熱病が流行ったため、藩からの要請で祈祷が行われ、領内の村々に護摩札が配られたそうです。
また、雨乞いの祈祷も行われていたようです。

入口になります。
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山門はありませんでした。

本堂になります。
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本尊である「釈迦如来」が祀られています。

こちらのお寺は、昭和四年に浅草寺より「聖観世音菩薩」の分身を勧請したそうです。
また、伊勢崎佐波観音霊場の札所本尊である「十一面観音」も安置されています。
観音様が二体も・・・
けんかしないのでしょうか?

また、不動明王も安置されており、縁日の18日には護摩祈願を行っているようです。

境内には、元禄十五年(1702年)の「三界万霊塔」がありました。
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観世音菩薩がいらっしゃいました。続きを読む

威光寺(群馬県太田市)5

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群馬県太田市の「正英山 自性院 威光寺」に参拝してきました。
高野山真言宗に属するお寺になります。

太田市の西部にお寺はありました。

最寄り駅は、東武伊勢崎線「細谷駅」になりますが、徒歩ではかなりかかりそうです。

駐車場は、山門の前にありました。
自動車は、二十台位は停められそうです。


元徳二年(1330年)に新田義貞の次男「新田義興」の開基、吽海法印によって開山され、新田義興の菩提寺になるお寺になります。
当初は、「医光寺」という寺号になり、本尊は「不動明王」でした。
応永年間(1394〜1427年)に新田義宗(義興の弟)の子と伝えられている横瀬貞氏が、叔父に当る義興を追善するために堂宇を修築して、新田義興の法号「威光寺殿傑伝正英大居士」にちなみ「正英山 威光寺」となりました。
新田氏からの庇護を受けて、新田氏累代の祈願寺として栄えました。
因みに、新田氏の家臣である「由良越前守光氏」の開基とする説もあるそうです。
どちらにしても新田氏絡みです。


山門前の説明板です。
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ふむふむ。

また、門前には庚申塔などもありました。
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ふむふむ。
古そうです。

山門を入ると左右には宝篋印塔が一基づつありました。
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境内の右側には藤棚があり、季節になると綺麗だと思われます。

境内には庭園があり、綺麗に整備されており、雰囲気は良かったです。

境内の左側の池の奥には、こんもりした丘?があり、その上には小さなお堂がありました。
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由緒書きを見たら、「八幡社」でした。
こちらのお寺の鎮守社なんでしょう。続きを読む

50,000アクセス5

私のやっているブログが「50,000アクセス」を達成しました。

皆さん、私のブログを読んでくださってありがとうございます

メジャーな社寺からマイナーの社寺まで訪れたいと思っております。
たまには社寺以外のネタもありますが・・・

いろいろと計画中はあります。
1 御府内八十八ヶ所の納経帳がないので、一冊取り寄せようかと思っています。
  ネットの和綴じ式の100ページのものにしようか、それともどこかいいお店がないものかと迷っています。
  高野山東京別院のものはちょっと・・・

2 関東・北関東・東海・近畿の各不動尊霊場を巡拝しようと思っていますが、専用の納経帳にしようかほかにないか迷っています。
  掛け軸での巡拝も良いかなともおもっています。

3 掛け軸で七福神を巡拝しようと思っていますが、できそうなところは少なさそう・・・
  浅草名所七福神は9ヶ所ですし、新宿山の手七福神や元祖山手七福神あたりはどうなんでしょうか?

4 また、十三仏霊場がありますが、大和十三仏・京都十三仏は掛け軸で巡拝できそうですが、他の十三仏霊場は、どうなんでしょうか?
  鎌倉十三仏霊場はいけそうな気はしますが、ほかは・・・

情報をお持ちの方は、コメントしてください。


これからもよろしくお願いいたします

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