まほろば御朱印紀行

日本のまほろばを探して、社寺散策をしています。 社寺散策の日記を中心にいろんなブログを書きます。

菖蒲神社 即位礼限定御朱印(埼玉県久喜市菖蒲町)5

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 埼玉県久喜市の北西部、加須市に近いところに神社は鎮座していました。

 最寄り駅は・・・

 神社専用の駐車場は東側にありました。自動車は4〜5台位は停められそうです。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(由緒書きによる)。
「当社は、袋田明神社と号していた。
 『風土記稿』菖蒲町の項には『袋田明神社 祭神は稲田姫命と云う。神体銅鏡にて本地薬師の像を彫れり、裏に寛文九年(1699)と見ゆ、合殿に鷲宮・久伊豆の両社を置り、吉祥院持、末社稲荷天神合社 雷電大黒天金比羅秋葉聖徳太子合社』と記されている。
 当社の鎮座地は、菖蒲城主佐々木氏の陣屋跡と伝えられる地のすぐ南西に位置しており、佐々木氏により中世末期に再建されたものと推測される。
 当社の大元となった袋田明神社の社名は、近在の鷲宮神社(武夷鳥命)、玉敷神社(大己貴命)のお袋(母親)が稲田姫であることに由来すると伝えられている。また、見沼代用水の開削以前に旧河川のこの辺りを袋状に流れ、一面に田が広がっている所に坐す神に由来するとも考えられている。」


 「菖蒲宮本」という交差点のすくそばに鎮座しています。境内の東には公園がありました。

 鳥居です。
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 社殿になります。
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 境内には藤棚がありました。見頃は4月下旬からゴールデンウィークかと思われます。

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 埼玉県指定天然記念物だそうです。

 御朱印は、鳥居を入り左側にある授与所にて頂きました。即位礼限定御朱印(印刷の御朱印)を頂きました。御朱印代は500円です
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 オリジナル御朱印帳がありました。
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神社名:菖蒲神社
鎮座地:埼玉県久喜市菖蒲町菖蒲552番地
祭 神:稲田姫命 武夷鳥命 大己貴命
相殿神:誉田別命 素戔嗚命 倉稲魂命 金山彦命 速玉男命 菊理姫命 軻遇突智命 伊弉諾命 伊弉冉命 天津児屋根命 水波女之命 菅原道真公
社格等:旧村社

水澤観音水澤寺 新上州観音霊場の御詠歌の御朱印(群馬県渋川市伊香保町)5

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 群馬県渋川市の中でも伊香保温泉に近いところにお寺はありました。

 お寺専用の駐車場は、お寺の北側にありました。自動車は、100台以上は停められそうです。


 こちらの寺院の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【水沢寺】
 群馬県北群馬郡伊香保町にある天台宗寺院。五徳山。本尊は十一面千手観世音菩薩。
 寺伝では、上野国国司高光により菩提寺として建立され、高麗の高僧恵灌(えかん)を招いて開山別当としたという。本尊は高光の元に嫁いだ伊香保姫の持仏という。」

 また、東京堂出版刊「古寺名刹辞典」によると次の通りです。
「【水沢寺】
 群馬県北群馬郡伊香保町水沢214。五徳山と号す。天台宗。坂東三十三ヶ所第十六番霊場である。水沢観音とも呼ばれる。本尊は十一面千手観音。
 奥深い境内には観音堂、六角堂、弘法大師堂、飯縄権現などの諸堂があるが、かつては三十以上の堂塔を誇ったという。履中天皇のころ、上野国へ流されて来た左大将高野辺家成の娘に伊香保姫という方があった。姫が高光中将のもとへ嫁ぐまでには多くの悲話が残されている。水沢寺は高光中将により、自家の菩提寺として建立され、高麗より来日した高僧恵灌を招いて開山別当とした。本尊は伊香保姫の持仏であったという。
 御詠歌は
  たのみくる心も清き水沢の
   深き願いを得るぞうれしき」


 久しぶりに参拝。観音堂前の前の香炉には線香が手向けられ、良い香りがします。
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 六角堂は、大日如来と地蔵菩薩が祀れています。
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 関東百八地蔵尊霊場の札所本尊であります。

 鐘楼堂です。
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 御朱印は、授与所にて頂きました。新上州三十三観音霊場の札所になっているため、その御詠歌にて頂きました。御朱印代は300円になります。




寺院名:五徳山 無量寿院 水澤寺
所在地:群馬県渋川市伊香保町水沢214番地
宗 派:天台宗
本 尊:千手観世音菩薩
通 称:水澤観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十六番札所
    上州三十三観音霊場 別格霊場
    関東百八地蔵尊霊場 三十三番札所
御詠歌:たのみくる 心も清き 水沢の 深き願いを うるぞうれしき

甲波宿禰神社 上野国四宮(群馬県渋川市川島)5

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 群馬県渋川市川島に鎮座していました。

 最寄り駅はJR吾妻線「金島駅」になります。徒歩では十数分位かと思われます。

 神社専用の駐車場はありました。


 こちらの神社の由緒は以下通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【甲波宿禰神社】
 群馬県渋川市川島の旧郷社。延喜式内社。祭神は速秋津彦(はやあきつひこ)神、速秋津姫(はやあきつひめ)神。例祭は10月9日。獅子舞の奉納がある。
 宝亀二年(771)の創建と伝え、上野四の宮である。元慶四年(880)正四位下を授かった。国内神名帳には正一位とある。」

 また、由緒書きには次の通りです。
「『甲波』は川、『宿禰』は貴人を尊ぶ敬称である。吾妻川のほとりに、水を司る『速秋津彦神』と『速秋津姫神』をご祭神として、宝亀二年(771年)と建立された。
 元々社殿は、現在の場所から500メートル東、川沿いに鎮座していた。
 しかし、天明三年(1783年)の浅間山の大噴火の泥流で流出。元々諏訪神社の境内地であるこの高台に場所を移し、再建される事になった。
 京都御所が炎上にあった貞観十八年(876年)清和天皇が火難守護神として祈願した。(水の神は、全国でも少ないため)
 また、戦国の世には、北条・武田・長尾氏らが旧郷社に寄進したと伝えられている。」


 渋川市の中心部から北西、県道35号線から細い道に入ったところに神社は鎮座していました。
 できればコンパクトカーみたいな車で行かれた方がよいかもしれません。

 鳥居
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 社殿
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 社殿内部
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 社号額
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 本殿
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 神楽殿
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 社務所
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 御朱印は、宮司さん宅にて頂けました。宮司さん不在のため書き置きを頂きました。



 
神社名:甲波宿禰神社
鎮座地:群馬県渋川市川島1287番地
祭 神:速秋津彦神 速秋津姫神
社格等:延喜式内社 上野国四宮 旧郷社

前玉神社(埼玉県行田市埼玉)5

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 埼玉県行田市の南部に神社は鎮座しています。

 神社専用駐車場はありました。


 こちらの神社の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「【前玉神社】
 埼玉県行田市埼玉の旧郷社。延喜式内社。祭神は前玉彦命・前玉姫命。例祭は7月14日・15日。
 境内の浅間社は埼玉の浅間様として知られ、新生児の無病息災を祈って額に神璽を受ける。初山祭は6月30日・7月1日である。
 古くから埼玉郡の総社として崇敬を受ける。」

 また、衫彑扈馘拘「神道大辞典(縮刷版)」によると次の通りです。
「【前玉神社】
 埼玉県北埼玉郡埼玉村埼玉に鎮座。郷社。前玉命を祀る。
 近世まで浅間宮、又は富士権現と呼び、郡中の総鎮守である。上下二宮に分る。口碑には延喜式内社という。一説に、浅間宮は、中頃、社内に勧請せられたもので、その宮の繁盛と共に何時ともなく本社までもその社号を称するに至ったのであると。浅間社はいま境内社である。
 例祭日、4月15日。」


鳥居です。
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 社号標
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 二の鳥居
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 富士塚の上に前玉神社は鎮座しています。
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 途中に浅間神社が鎮座しています。

 手水舎になります。
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 蒸し暑い日に参拝しました。蝉が鳴いており、より一層蒸し暑さが増幅しました(´・ω・`)

 富士塚に登っていきます。
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 境内社
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 左側は菅原道真公らしい御神像があったので天神社(天満宮)かな。右側は恵比寿さまらしい御神像があったので恵比寿社かな。

 さらに先に行きます。
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 社殿になります。
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 御朱印は、参道と中の授与所で頂けました。
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 前玉神社と浅間神社の二種類があり、御朱印代は各300円。書き置きの御朱印もある。




神社名:前玉神社
鎮座地:埼玉県行田市大字埼玉字宮前5450番地
祭 神:前玉彦命 前玉比売命
社格等:延喜式内社 旧郷社

吉見観音安楽寺 御詠歌の御朱印(埼玉県比企郡吉見町御所)5

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 埼玉県東松山市の隣の比企郡吉見町に寺院はありました。

 参道の入り口に駐車場はありました。自動車は10台位は停められそうです。

 最寄り駅は、東武東上線「東松山駅」になりますが、徒歩で吉見観音まで行くのは無理そうなので、できれば自動車で行かれた方が宜しいかと思われます。


 こちらの寺院の由緒は、次の通りです(大修館書店刊『日本の神仏の辞典』による)。
「埼玉県比企郡吉見町御所にある真言宗智山派の寺院。岩殿山。光明院。坂東三十三か所十一番札所。通称吉見観音。
 本尊は行基作と伝える聖観音。観音堂は坂上田村麻呂開基と伝えるが未詳。
 果鏡が江戸初期に中興し、三重塔・護摩堂などを再建したといわれる。
 江戸期には本尊は大日如来で、古来信仰を集めた観音堂を護持することにより発展したといわれる。」

 また、東京堂出版刊「古寺名刹辞典」によると次の通りです。
「埼玉県比企郡吉見町御所374。岩殿山と号し、吉見観音の通称がある。真言宗智山派。坂東三十三ヶ所第十一番札所。
 慈光寺・正法寺(板東九、十番)とともに比企三山と呼ばれる。
 近くには有名な吉見百穴の古代横穴古墳群がある。
 行基自刻の観音像を得たこの地の豪族吉見氏による開創の伝、また坂上田村麻呂が奥州進攻の途上、この地の岩窟からもれ出る光を怪しみ、その光が窟内の観音像から発すると知るや、直ちに伽藍を建立したのであるとの伝もある。
 源頼朝の弟、範頼が稚児僧としてこの寺に隠れ住み、頼朝挙兵に従った功により、この地の領主となった時には所領の半分を寄進して、寺院も大いに栄えた。範頼の死後に一時廃絶し、現在の三重塔は寛永年間(1624〜1644)の建立。
 本尊は聖観音。
 御詠歌は、
  吉見よと天の岩を押し開き
   大慈大悲の誓いたのもし」


 こちらの寺院は「坂東三十三観音霊場十一番札所」になり、「吉見観音」の名で知られているお寺になります。坂東以外は「関東八十八ヶ所」、「東国花の寺百ヶ寺」の札所でもあります。
 
 お寺の入り口です。
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 境内は本堂の他に「吉見大仏」という阿弥陀如来坐像がおわしました。
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境内
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 本堂
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 三重塔、太子堂がありました。
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山号額
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 御朱印は本堂の左側にある「納経所兼授与所」で頂きました。回は、御詠歌の御朱印を頂きました。御朱印代は300円でした。

 各種御守りや各種御札といった授与品はありました。

 参道には厄除団子を売るお店「どびんや」がありました。厄除団子をおいしく頂きました。隣には食事がとれるスペースがあり、天ざるうどんや定食等がありました。



寺院名:岩殿山 光明院 安楽寺
所在地:埼玉県比企郡吉見町御所374番地
宗 派:真言宗智山派
本 尊:聖観音
通 称:吉見観音
札所等:坂東三十三観音霊場 十一番札所
    関東八十八ヶ所 七十五番札所
    彩の国武州十二支霊場 申年守護
    東国花の寺百ヶ寺
御詠歌:吉見よと天の岩戸を押し開き 大慈大悲の誓いたのもし
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